11話 祝福と契約
セレスタル大神殿。
慈母神セレスティアを祀る神殿のなかでも、王国でもっとも大きな神殿だ。
それは王城の東側、大広場に面して建っていた。
その威風堂々とした荘厳な佇まいは、異国から旅人が礼拝に訪れるほどだ。
そして今朝。
大広場から大神殿へといたる道には、長大な人の列ができていた。
数日前に王太子が出したお触れが原因だ。
“――来る日、大神殿にて聖女ジェニファーが祝福を授ける。ケガ人や病人をはじめ、体に不調のあるものはすべからく集うように”
要約するとそんな内容だった。
よって現在王都の民にくわえ、近隣の町村の民までもがここに集っていた。
ケガや病で重篤そうな人間もいれば、好奇心で来ただけであろう人間もいる。
列には屋台や物売りも湧いてきて、まるでお祭りのようになっている。
(まったく……のんきなものだ)
そんな人混みのなか。
マルス・スチュワートも、大神殿へと続く列にならんでいた。
当初は帝国の使者としての立場を利用し、祝福の様子を観られるようにと頼んだのだが、リオンやジェニファーに拒否されてしまったのだ。
邪悪な存在を滅し、人に恵みを与える聖女というのは、この大陸全土にとって重要な存在だ。
この王国にとって、切り札にもなりうるもの。
情報は他国に渡したくないということだろう。
(……本当に効果があるとよいのだがな)
ジェニファーが真の聖女か見極める。
それが今日の大きな目的である。
しかし列にならんでいる咳きこむ幼子や腕を亡くした冒険者等を見てしまうと、ジェニファーが聖女であってほしいとも思う。
集った病人やケガ人のなかには、藁にすがる思いでここにやってきたものも多いだろうから。
(なんにしろ今日でなにかつかんでみせる)
エミリーの処刑がジェニファーから提案された会議から、数日が経過している。
そのあいだにマルスは、ジェニファーについてできるかぎり調査した。
その結果、聞きこみでおもしろい情報が得られた。
“ジェニファーは変わった”
過去のジェニファーを知るものたちが、一様にそんなことを言っていたのだ。
それは単に雰囲気が変わっただけ、ということではない。1年ほど前から、姿形が急に別人のように変わってしまったのだという。
ジェニファーの面影はあるのだ。
しかし地味だった顔立ちは派手で愛らしく、ぽっちゃりとしていた体型は女性的な丸みを各部に残しつつ理想的な痩せ型へと変貌したらしい。
そしてその派手で愛らしい外見へと変貌をとげると同時に、性格も奥ゆかしいものから今の天真爛漫なものに変わったのだという。
(彼女がなぜ別人のように変わったのか)
人が急に別人のように変化してしまう。
思いあたるフシがまったくないわけではなかった。
それを今日たしかめねばなるまい。
「おいそこの、武装は解除してもらうぞ」
「……あ、はい」
考えていると、騎士に声をかけられる。
武器や防具はここで預けてから大神殿に案内されているようだ。まあこれだけ雑多な人間が集まっているのだ。妥当な判断だろう。
マルスは武器や防具を騎士に素直に預けた。
それからしばし、大神殿に入れるのを待った。
*
(すごい広さだ……)
しばしあって、マルスは大神殿のなかにいた。
内部は想像よりもずっと広い。
まだ入り口付近だというのに、圧巻されるほどだ。
天井もすさまじく高い。見上げると慈母神セレスティアや天使の天井画が描かれている。細かく描き細まれていて、金と労力がかかっていそうだ。
帝国にも大神殿はあるが、それと同等の規模と荘厳さと言ってよかろう。
大神殿内部に入ったのが初めてなのだろう人々は、マルスと同じくその光景に見入っていた。
「……」
内装をながめていると、礼拝ホールへの列はだんだんと進んでいく。
ホールが近づくにつれ、ホール内部から歓声が漏れきこえてくるようになった。
そしてホールから出てきたものたちは、一様に満面の笑みを浮かべていた。
『本当に治っちまった!』
『これで冒険者に戻れるぜ!』
『聖女さま万歳だわ!!!』
みな興奮しきった様子でそんなことを言い、弾む足取りで大神殿を出ていく。
(……皆、本当に治っているようだ)
自身の前方の列の人々はチェックしていたが、祝福を受ける前にはあきらかな病人とケガ人の姿がたくさんあったはず。
しかしホールから出てきた人々のなかには、病人やケガ人の姿がまったく見当たらない。全員治ってしまったということだろう。
(やはり、彼女が本物なのか……?)
ジェニファーこそが真の聖女。
この様子を見ると、それで確定なのだろうか。
祝福を受けた人々を見て、思考を巡らすマルス。
やがて列は進み、いよいよマルスが礼拝ホールに入る番になった。
*
――――うおおおおおおおおおお!!!
マルスが礼拝ホールに入った瞬間。
鼓膜がやぶれんばかりの歓声がとどろいた。
ちょうど祝福が終わったところなのだろう。
『お、俺……治ってる!?』
『わたしの足が……足があるわ!?』
『目が……目が見えるぞ!』
治療困難だった病が治ったもの、失った足が再生したもの、失明した目が見えるようになったもの、みな祝福の恩恵を受けたようだった。
祝福を受けた当人たちはもちろん、マルスとともにホールに入ってきたものたちも、歓喜する人々を見て期待が高まっている様子だった。
しかしそんななか、マルスは冷静だった。
冷静に人々のまわりにただよう魔力を見ていた。
(あの魔力は……同じだ)
わずかだが、祝福を受けた人々のまわりに妙な魔力の存在を確認する。
聖女のものとは思えぬ黒々とした魔力。会議室で見たものと酷似していた。
(なにかカラクリがあるのか……?)
そしてマルスの順番が回ってきた。
今日はあまりに人が多いため、一度に数十人へと祝福を授けるらしい。外套で顔を覆い、マルスは集団にまぎれてホール中央に進んだ。
そして祭壇の豪華絢爛な椅子に、ふんぞりかえるジェニファーを見つける。
シリウスもいるがリオンは見当たらない。今日は同席していないのだろう。
「はあああああ、つかれた~! ねえねえシリウス、そろそろ休ませてよ~! さすがにぶっとおしはきついって〜! ごろごろしておかし食べた〜い!」
「ダメです、神殿の外にはまだ多くの民がジェニファーさまの祝福を受けようと待っています。急がねばすべてのものに祝福を与えられません」
ぷくぅと頰をふくらませるジェニファー。
「別に聖女って証明するだけなんだから、全員祝福する必要なくな〜い? まあ別にいいけど……こんな出血大サービスは今日だけだし、このジェニファーさまの力を愚民どもに見せつけるとしますか〜」
ジェニファーは肩をすくめ、重い腰をあげた。
祝福を受けられぬのかと絶望しかけていた民は、安堵の微笑をうかべる。
「ではこれから聖女ジェニファーさまが祝福を授けます。できるかぎり中央に固まってください。祝福が行き届かない可能性がありますゆえ」
シリウスの言葉に応じ、人々が集う。押し合いへし合い、中央はすさまじい人口密集度になる。
ジェニファーは見たことのない滑稽な手振り身振りで、呪文を唱えはじめる。
(あれで合っているのか……?)
本当にあれで呪文が発動するのだろうか。
他人事ではあるが、心配になってくるマルス。
だがしばしあって――
「――聖女ジェニファーの名において、民に健やかなる祝福を与えよ!!!」
ピカッ! と。
まばゆい光がホール全体を満たした。同時に自身の体が、魔力に包まれる感覚を覚える。
しばしあって光がやむと、マルスは全身に力がみなぎっているのを感じた。
(これは……)
さいきんは徹夜続きで疲労を覚えていたが、それが一切なくなっているのだ。
その感覚は祝福を受けたほかの人々も同様らしい。
『ほ、本当に治っちまった!?』
『さすが聖女さまの祝福ですわ!』
『聖女さまバンザーイ!!!』
人々は両手をあげ、聖女を称賛しはじめた。
しかしマルスだけは、やはり冷静にジェニファーの魔法を分析していた。
(やはり……これは聖魔法などではない)
たしかに力はみなぎってくる。
人々を見るとケガや病が治癒したのも間違いない。
しかしこれはあきらかに聖魔法とは別種の魔法。
(これは契約魔法だ)
――契約魔法。
魔神や精霊と契約を結び、代償を支払うことでその力を借りうける魔法。
このシュトワール王国と交戦中のミルラ半島の亜人がよく使用する魔法だ。
亜人は魔神と契約を結び、生命力を代償に強力な力を得る。
それと同じ理だろう。
よく見ると、真下には魔法陣が描かれている。
この魔法陣を媒介に民を契約させたのだ。
わざわざ中央に集まるように指示したのは、魔法陣を使用するためだったのだ。
(なんということだ……)
契約には代償が必要だ。
健康な体を得るためには、もちろん相応の代価を支払う必要がある。魔法陣で強引に契約させているため、代価は自然と契約者の生命力となる。
代価の支払い期日はわからないが、遠くはないだろう。祝福を受けた人々は翌日から数日後には、起きた奇跡と同等の生命力を支払うことになる。
(死者が出るぞ……)
治癒させたケガや病が重症だったものほど、支払うべき生命力を膨大になる。
魔力の素養のない一般人が膨大な生命力を奪われれば、徐々に衰弱して死にいたる可能性が高い。そんなことはわかっているはずなのに。
「なんか一回やったらやる気出てきた〜! じゃんじゃん行っちゃおっかな〜!」
すぐに次の祝福へと取りかかるジェニファー。
ふたたび魔法陣に人々を誘導し、詠唱をはじめる。
(こんなことが、許されるものか……!)
マルスは激怒した。
これは契約は契約でも、不当すぎる契約魔法だ。
一時的に健康な体を手に入れられても、あとですさまじい反動が待っている。詐欺みたいなものだ。なにより契約を結ばされる本人が契約について知らされてすらいないのは論外である。
自国の民でないとはいえ、人々がそんな契約が結ばれるのを黙って見ていられない。希望を抱いてここに来た人々に残酷な結末を迎えてほしくはなかった。
「……」
しかしマルスは一度、冷静になる。
感情のままに行動を起こしても、事態は好転しない。さきを見据え、自身の行動がどのような結果に結びつくかを考える必要がある。
マルスは祖国で一目置かれるその頭脳で、一瞬にしてそれらを計算する。
「――お待ちください、ジェニファーさま!」
結果、マルスは声をあげることを選んだ。
瞬間。人々の注目がマルスへと集中する。
ジェニファーとシリウスも祝福を一時中断し、マルスへと視線を動かした。
「え〜なになに〜?」
「また貴方ですか、スチュワート卿。ここに来るのは禁じたはずですがね」
ジェニファーは首をかしげ、シリウスは辟易とした顔で肩をすくめる。
「ええ、帝国の使者として立ち入るのは禁じられました。ですから祝福を受ける民のひとりとして今回はここには参りました」
「でしたら、民のひとりとして大人しくしていたらどうでしょうか? 聖女さまの祝福の効力は自身がお受けになって理解できたことでしょう」
ジェニファーはえっへんと誇らしげに胸を張った。
「ええ、理解できました。ジェニファーさまの魔法は、聖女の奇跡などではないということが」
しかしマルスは淡々とそう言いはなった。
はああああああ!? と。
ジェニファーはヒステリックな声でわめく。
「なに言ってるわけ~!? どこをどう見ても聖女さまの聖魔法でしょ~!? イケメンだからって言っていいことと悪いことがあるわよ!?」
暴れだすジェニファーを制するシリウス。
「人々のケガや病を一瞬で治すのを目の当たりにしてなお、これが聖女の奇跡ではないと? このようなことができるものをほかに知っておられるのですか?」
「たしかに一度にこれほど多くの人間に魔法をかける技術はすばらしい。これほど膨大な魔力量を持っている人間も、ジェニファー嬢以外には見たことがない。けれどこれはあきらかに契約魔法の類だ」
マルスは断言した。
ジェニファーとシリウスはわずかに目を細めた。
「ほう……契約魔法とは亜人たちが用いるという?」
「ええ、貴国の国王陛下がミルラ半島でいまも交戦中の亜人。そのあいだで広く用いられる魔法です。魔神や精霊と契約を結び、代償を支払って力を借りうける特殊な魔法だ。ジェニファーさまの魔法は聖魔法でなく、それでしょう」
マルスが説明していると、民がしびれを切らしたように声をあげる。
『だとしたらなんなのよ!』
『俺たちは治りゃいいんだよ』
『邪魔すんな、消えろ!』
消ーえろ、消ーえろ! と。
興奮した民たちに遠慮なく罵声を浴びせられる。
しかしマルスはそれに怯むことはない。
「契約魔法には代償が必要なのです。一時的に体の不調が治ったとしても、いずれそれ以上の生命力を奪われる。場合によっては、死にいたるものもいる。それでも祝福を受けたいのですか?」
マルスは淡々と事実をのべる。
それには興奮していた民も一時静まりかえる。
『死ぬ……? 嘘でしょ?』
『適当なこと言ってるだけだろ』
『ありませんよね、聖女さま!?』
民のひとりが、ジェニファーへと訊ねる。
ジェニファーは黙りこくる。だがしばしあって、キャハハハハと下品な笑い声をあげた。
「嘘に決まってるじゃ~ん! この人適当なこと言いすぎ~! 癒やしの魔法を使ってるのに、死んじゃったら意味ないじゃ~ん! バカみた~い!」
「適当なことなどぼくは言って――」
マルスが反論しようとした瞬間。
ジェニファーから魔力の鎖が放たれ、マルスへと襲いかかる。
「……」
マルスは避けようとし、だが避けなかった。
直後。魔力の鎖は一瞬でマルスをぐるぐるに絡めとる。
「ぐあッ……」
鎖はすさまじい勢いでマルスを締めつける。
拘束したものから魔力を吸収し、さらに強固になっていく鎖。そのカラクリには気づいたものの、マルスには拘束から抜けだす手段がなかった。
魔力が吸収され、マルスは膝を折った。
「ぐっ……都合が悪くなると武力行使ですか」
「だって、うるさいも~ん! ただでさえつかれてるのに、わけわかんないこと言わないでくれる~? ほんっとうっざいんだから〜!」
ジェニファーはまるでゴミでも見るような目で、くずおれたマルスを睥睨する。
ゆがみきった醜悪な表情は、彼女が聖女でないと確信するに足るものに見えた。
「ジェニファー嬢……貴方のような醜悪な存在が聖女を名乗ろうとするとは片腹痛い。やはり真の聖女はエミリーさま……ぐあああああああッ!!」
途中ですさまじい勢いで鎖に締めつけられ、マルスは言葉をつむぎきることができなかった。
苦痛にうめきながら顔をあげると、さきよりさらに醜悪にゆがんだジェニファーの顔があった。
「貴方……すごいイライラするわ〜。血管がブチ切れそうなぐらいよ〜。そんなに苦しみたいなら特別にもう一本この鎖あげるから、そのまま苦しみながら死ねばいいと思うよ〜! キャハハハハ!」
「ぐッ……!」
ジェニファーはもう一本鎖を生みだすと、それをマルスへと巻きつけた。
二本の鎖が猛烈な速度でマルスの魔力をうばい、強烈にその体を締めあげる。
もはや声も出せず、マルスは地を舐めた。
「さあて、お掃除はしゅうりょ〜! その嘘つきの悪者さんは適当に牢にでもぶちこんどいてもらって……さっさと祝福の続きをしましょうか~!」
ジェニファーが気軽な調子で笑いかけると、人々は安堵したように笑いあう。
『ふふっ、ざまあみろだわ』
『ようやく祝福が受けられるぜ』
『ケガが治ったらどうすっかなあ』
希望に満ちた人々の声がホールに広がる。
みな聖女を信じきっているわけではあるまい。
けれど目の前には可能性があるのだ。
ケガや病で閉ざされてしまった輝かしい未来へと通じるかもしれない可能性が。そんな可能性をわざわざ否定したいものはいなかった。
(やはり……とめられなかったか)
いまこの王都には希望が満ちている。
これが数日後には絶望へとその色を変えるのだ。
そう考えると、自身の無力さが悔しい。
せめて自分が万全の状態だったのなら、まだ手の打ちようがあったのだろうが。
(しかし……想定内ってことにしてほしいな)
この魔法を受け、彼女の正体はおおむねつかんだ。
この情報さえ届けられれば、あとは皆がやってくれるだろう。
(ぼくを捕らえたことを後悔するがいい)
マルスは残った魔力を使い、【フェアリーレター】の呪文を唱えた。
ここに来る前にすでに用意していた手紙がふところから飛びだし、蝶の姿となって飛びたっていった。
直後。
魔力を使い果たし、マルスの意識は闇に消えた。
長くなって申し訳ない!
あと、ようやくタイトル回収できそうです(遅)




