帰還
第3話 帰還
「……ねえ、ショウ」
ルナは、つかんだ腕を離せずにいた。
少女の声は消え、おばあさんの姿も見当たらない。
「……あのおばあさんは?」
ショウは少女が去った方を見つめ、首を横に振った。
「さっきまで、そこにいたよな?」
「うん……」
暗い家々の間に、人影はなかった。
あの少女が何者なのかも、おばあさんがどこへ行ったのかも分からない。
放っておけないと思うのに、身体が動かない。
ショウが一歩踏み出す。
ルナは反射的に彼の袖をつかんだ。
「待って……!」
「ルナ?」
「……ごめん」
分かってる。確かめに行かなきゃ。
でも……怖い。
――カツン。
遠くから、またあの音が響いてきた。
――カツン……カツン……。
ルナの指先に力がこもる。
「……ショウ」
「ああ。逃げよう」
二人は同時に走り出した。
⸻
紫色の空の下、住宅街を駆け抜ける。
街灯は消え、家々は暗闇に沈んでいた。
細い路地へ入っても、背後の足音は消えない。
――カツン……。
ルナは振り返った。
誰もいない。
それでも、音だけが近づいてくる。
「……まだ、ついてきてる」
「いいから走れ!」
ショウの声にも焦りがにじんでいた。
肺が痛む。息がうまく吸えない。
角を曲がったところで、ルナの足がもつれた。
「あっ……!」
身体が傾いた瞬間、ショウが腕をつかんだ。
「急げ!」
ルナはうなずき、再び走り出した。
無我夢中で走っていると、不意に視界の端に奇妙なものが映った。
「……え?」
何もない空間に、縦長の亀裂が浮かんでいた。
その向こうには景色も光もなく、ただ暗闇だけがあった。
「ショウ……!」
ショウも足を止めた。
「なんだ、あれ……」
二人が顔を見合わせた、そのとき。
――カツン。
足音が、さっきより近くで響いた。
振り返ると、路地の向こうに黒い人影が立っていた。
ボロボロのローブの裾から、異様に尖った足先がのぞいている。
――カツン……。
人影が一歩近づいた。
ショウは裂け目に目を向けた。
「あそこに入れば……」
そうつぶやいたものの、すぐには動かなかった。
裂け目の向こうに何があるのか分からない。
ショウもまた、迷っていた。
――カツン。
足音が近づく。
ルナは裂け目を見つめた。
怖い。
あの暗闇の向こうには、何が待っているのだろう。
それでも、ここにいれば追いつかれてしまう。
「……行こう」
ルナが言った。
ショウが振り返る。
「本当にいいのか?」
「ここにいても、逃げられないから」
声を震わせながら、ルナはショウの手をつかんだ。
「一緒に……!」
「ああ!」
ショウがその手を強く握り返した。
二人は裂け目へ飛び込んだ。
⸻
音が消えた。
足元の感覚も、冷たい空気も、一瞬で遠ざかる。
ルナは思わず目を閉じた。
そして――。
耳元で、音楽が鳴り始めた。
聞き慣れた曲のサビが、イヤホンから流れてくる。
「……え?」
ルナは目を開けた。
そこには、見慣れた天井があった。
「……えっ?」
自分の部屋だ。
ベッドの上に寝転んでいる。
「うわっ!?」
驚いて身体を起こした瞬間、バランスを崩す。
ドサッ!
「いったぁ……!」
床に転がり落ちたルナは、しばらく動けなかった。
「……なに、これ」
ゆっくりと起き上がり、部屋を見回す。
机も椅子もカーテンも、何も変わっていない。
窓へ駆け寄り、カーテンを開けた。
いつもの住宅街が広がっていた。
街灯がつき、家々にも明かりがある。
空も、見慣れた夜空に戻っていた。
「……戻った?」
ルナはスマホを手に取った。
画面がつき、指で触れると当たり前のように反応した。
イヤホンからは、今も音楽が流れている。
時計は午前0時。
あの世界へ迷い込んだ瞬間と同じ時刻だった。
「……時間が、進んでない?」
紫色の街で、ショウと得体の知れないものから逃げていた。
それなのに、ここでは何も起きていない。
まるで、あの時間だけが消えてしまったようだった。
「……夢、だったのかな」
そう思おうとしても、冷たい空気も、足音も、ショウの姿も鮮明に残っている。
「……ショウは?」
彼も無事に戻れたのだろうか。
連絡先を知らないルナには、確かめる術がない。
「……とりあえず、帰ってこれたんだよね」
ベッドに腰を下ろす。
身体から力が抜け、ようやく息を吐いた。
「……よかった」
そのとき。
――ミシッ。
ルナの身体が固まる。
廊下から、床の軋む音が聞こえた。
「……え?」
扉へ目を向ける。
気のせいだろうか。
――ミシッ……。
また鳴った。
さっきより近い。
ルナの呼吸が浅くなる。
脳裏に、紫色の世界で聞いた物音がよみがえった。
まさか。
ここは、いつもの世界のはずだ。
――ミシッ……ミシッ……。
音が近づいてくる。
一歩。
また一歩。
ルナはベッドの上で身を縮め、扉を見つめた。
そして。
――ミシッ。
音が、扉のすぐ向こうで止まった。
この作品の展開はここから残酷描写が増えます。
また、誤字脱字や読みにくいなどありましたら教えてください。優しめに!甘やかしてください。
感想もお待ちしてます。筆者は褒められると伸びます٩( ᐛ )و




