第六話 初仕事
ピピピピッ、ピピピピッ。
目覚まし時計のような電子音で、七生は目を覚ました。
音の出どころは班長のスマートフォンだった。班長は慣れた手つきでアラームを止めると、ブランケットを払いのけて勢いよく立ち上がった。
「さぁ、そろそろ仕事の時間ですよー!」
やけに元気な声が小屋に響いた。
七生たちは眠い目をこすりながら、のそのそと起き上がった。どれくらい眠っていたのだろう。身体の疲れは多少取れたものの、頭はまだぼんやりしている。
七生がブランケットを脇に置いて立ち上がろうとすると、班長がこちらを見ていた。
「……使ったブランケットは、どうしたらいいと思う?」
先ほどまでとは打って変わった低い声だった。
「あ、はい……」
七生が慌てて畳み始めると、ほかの連中もそれにならった。六人分のブランケットがきちんと畳まれ、元あった場所に積み重ねられる。
それを見届けた班長は、再びにこやかな顔に戻った。
「はい、ありがとうございまーす! では、今日の業務内容を発表します!」
班長は六人の顔をゆっくりと見回した。七生たちは自然と姿勢を正した。
「留守中の盗賊団のアジトを、タタキまーす!」
「…………」
七生は首を傾げた。
タタキ?
バナナの叩き売りなら聞いたことがあるが、盗賊団のアジトを叩き売りするわけでもないだろう。一体何をする仕事なのか、さっぱりわからない。
「……やっぱりそういうことか」
残クレが妙に冷静な声で言った。
売り掛けもタタキという言葉には心当たりがあるらしく、特に驚いた様子はなかった。ただ、別の部分が引っかかったようだ。
「タタキはわかったけどよ、盗賊団って何だ?」
ほかの連中も顔を見合わせた。タタキの意味がわかる者とわからない者はいたが、盗賊団については全員が理解できていないようだった。
「盗賊団は盗賊団ですよ。人様の財物を奪い盗む悪党です。そこのお宝をいただいちゃおうって仕事ですよ」
班長はごく当たり前のことのように説明した。
「いや、盗賊って日本にいるの?」
七生が尋ねると、班長はきょとんとした顔をした後、愉快そうに笑い始めた。
「あらら……ここは日本じゃないですよ?」
「……え?」
七生の口から間の抜けた声が漏れた。
その横で、トレーダーがわなわなと震え始めた。太った顔を紅潮させ、歓喜に満ちた目で班長を見つめている。
「い、異世界でござるか!」
「正解でーす! 君、なかなか物分かりがいいねぇ!」
班長は嬉しそうにトレーダーを指さした。
「それと、頑張った人にはボーナスもあるよ!」
普通なら、そんなことを言われれば「おおっ!」と歓声の一つも上がりそうなものだが、返ってきたのはトレーダーの「デュフフ」という気味の悪い笑い声だけだった。
「さて、そろそろよい時間なので、アジトに向かいましょう!」
班長に促されて小屋の外に出ると、辺りは夕日に赤く染まっていた。山の向こうに太陽が沈みかけ、木々の間にはすでに薄暗い影が広がっている。
こんな時間から山の中を歩くのか。
七生はうんざりしたが、ほかの連中も似たような顔をしていた。道らしい道もない森の中を、日が暮れてから歩くのがどれほど大変かは、誰にでも想像がつく。
「では、皆さん。必死についてきてくださいね。逃げたり、遅れてはぐれたりした人は、あとで殺しますよ」
班長は相変わらずの笑顔で言った。
……あとで殺すって、どういうことだよ。
「さあ、出発!」
班長は軽い足取りで森の中へ進んでいった。六人は慌ててその後を追う。
足元には木の根が張り出し、ところどころに大きな石が転がっている。班長はそんなものを気にも留めず、すいすいと進んでいく。七生たちは転ばないよう足元を確かめながら、必死についていくしかなかった。
やがて木々が途切れ、目の前に石のむき出しになった絶壁が現れた。
その麓には、大きな洞穴がぽっかりと口を開けている。入り口の前では篝火が燃えており、その脇には見張りらしき男が一人、腰を下ろしていた。
……あれ?
七生は洞穴の入り口にいる男を見つめた。
確か、留守中の盗賊団のアジトを襲うという話ではなかったか。どう見ても人がいる。しかも、篝火の脇で槍らしきものを手にしているのだから、見張りに違いない。
「……おい、人がいるじゃねえか」
売り掛けが小声で呟いた。
そのとき、班長が片手を上げた。口元に指を当てて静かにするよう合図すると、続けて手のひらを下に向け、しゃがむよう促してくる。
六人は慌てて身をかがめ、近くの雑木の陰に隠れた。
どうするつもりなんだろう。見張りがいなくなるまで待つのだろうか。
七生がそんなことを考えていると、班長は足元に落ちていた石を拾い上げた。
砲丸投げの玉ほどもある、ずっしりと重そうな石だった。
班長はそれを右手で軽く持ち上げると、洞穴の入り口に向かって身体をひねった。
……え?
次の瞬間、班長は一瞬の躊躇もなく、その石を見張りの男に向かって投げつけた。
石が凄まじい速さで飛んでいく。
見張りまでは三十メートルほど離れていたはずだ。にもかかわらず、石はほとんど一直線に飛び、こちらに気づいてもいなかった男の頭部を直撃した。
鈍い破裂音が響いた。
男の頭が、まるでスイカのように弾け飛んだ。
首から上を失った身体が、篝火の脇でゆっくりと崩れ落ちる。
七生はその光景を、ただ呆然と見つめていた。
「さぁ、行きますよ」
班長は何事もなかったかのように立ち上がり、悠々と洞穴に向かって歩き出した。
しかし、七生たちは誰一人として動けなかった。
今、目の前で人が死んだ。それも、信じられないほどあっけなく。班長が拾った石を投げただけで、人間の頭がスイカのように弾け飛んだのだ。
六人が呆然としていると、班長が振り返った。
「私に殺されるのと、仕事して金もらうの、どっちがいい?」
その一言で、全員の身体がびくりと跳ねた。
「は、はい!」
誰が返事をしたのかもわからない。六人は慌てて立ち上がり、班長の後を追った。
洞穴の入り口には、つい先ほどまで見張りをしていた男が倒れていた。いや、あれをまだ男と呼んでいいのだろうか。
七生はなるべくそちらを見ないようにして通り過ぎた。ほかの連中も同じようで、誰一人として口を開かなかった。
「いやぁ、おかしいですねぇ。留守のはずなんですけど」
班長は困ったように首を傾げた。
「まあ、ほかにも人がいたら、自分たちだけで対処しようとせず、すぐに報告してくださいね。ホウレンソウが大事って言うじゃないですか」
そう言って、班長はにやりと笑った。
……報告って。
もちろん、そんな状況になっても自分で何とかできるとは思えない。七生はただ、こくこくと頷いた。
洞穴の中に足を踏み入れると、入り口付近は自然にできた風穴のようだった。ごつごつした岩肌がむき出しになっており、足元もひどく不安定だ。ところが、しばらく進むと様子が変わった。壁には板が張られ、天井も木材で覆われている。まるで洞窟の中に建物を造ったような構造だった。
「奥に倉庫があるとのことですので、行きましょうか」
班長は声を落として言った。七生たちも音を立てないよう慎重に後を追う。
やがて通路の先に木製の扉が現れた。どうやらここから先は部屋として区切られているらしい。
班長は扉の前で立ち止まり、少し耳を澄ませるような仕草をした。
「おやおや、これは中にだいぶ居ますねぇ。ひー、ふー、みー、よー……ざっと六人くらいですかね。こちらが有利ですよ」
何が有利なものか。
こちらは七人だが、まともに戦えそうなのは残クレくらいだ。しかも、その残クレですら班長にあっさりやられている。
「それにしても困りましたねぇ。今日は新規さんばかりなので、なるべく安全な仕事って言ってたのに」
班長は腕を組み、考え込むような仕草をした。
……安全な仕事?
ここに来る途中で、すでに一人殺しているではないか。
「あっ、そうだ!」
班長が小さく声を上げた。
「せっかくなので、スキル体験でもしてみますか!」
まるで新人研修のレクリエーションでも提案するような、やけに明るい表情だった。
「そうですねー。それでは売り掛け君、まずは【コール】でみんなのやる気を上げてください」
「いや、どうやるか全然わかんねぇんだけど……」
「なぁに、適当に盛り上がるように振り付けしたり、音頭を取ったりすればいいんですよ。その際、みんなのやる気が上がれーって考えながらやるだけです」
「いや、え? マジ?」
「はい、やってみて」
班長の表情がすっと消え、声が低くなった。
「……は、はい」
売り掛けは引きつった顔で両手を頭の上に伸ばした。
「うぇ、ウェーイ……ウェイウェイ……」
声を押し殺しながら、両腕を小刻みに伸ばしたり縮めたりしている。
「ウェイウェイウェイウェイ……やる気あがれー……ウェーイ……」
薄暗い洞窟の中、引きつった笑顔で必死に踊る姿は、何とも言えない不気味さがあった。
ところが、しばらくすると七生は自分の身体に奇妙な変化が起きていることに気づいた。
さっきまであれほど怖かったのに、恐怖が薄れていく。それどころか、妙に気分が高揚してきた。
やる気が出てきたというか、むしろヤル気になってきたというか。
これから盗賊団のアジトに押し入るというのに、なぜか自分にも何かできそうな気がしてくる。
……いや、何ができるんだよ。バナナだぞ、俺。
「はい、そこまで! 初めてにしてはなかなかセンスありますねぇ!」
班長が小声で褒めると、売り掛けはようやく両腕を下ろした。
「ハァ……マジでこれでいいのかよ……」
「十分ですよ。では次は……そうですねぇ、パパ活さん!」
「は、はい!」
「この扉から敵が出てきたときに引っかかるよう、私が指示する場所に【ハニートラップ】を仕掛けてもらえますか?」
「えっと……どうやって?」
「ネバーっとした蜂蜜をイメージしてください。それで、仕掛けたい場所に手をかざして念じてみてください」
パパ活は言われたとおり、班長が指さした床に向けて手をかざした。
先ほどまでなら、こんな訳のわからないことを素直にできたかどうか怪しい。しかし、今は売り掛けの【コール】が効いているのか、誰もが妙に前向きになっていた。
「……ハチミツ、ハチミツ……ネバネバの……」
パパ活が念じると、床に何かが滲み出した。
「うわっ……!」
琥珀色の蜂蜜のようなものが、まるで床から湧き出すように広がっていく。やがて直径一メートルほどの円形になり、その場に留まった。
「おお、いいですねぇ! それじゃあ、次はここにお願いします」
班長が別の場所を指さす。
パパ活は同じ要領でトラップを設置していった。扉から出てくる者が引っかかるよう、班長の指示に従って場所を変えていく。
四か所目を設置したところで、パパ活がふらりとよろめいた。
「あれ……? もう出ない」
「MPがなくなったんじゃないですか?」
寝不足に言われてステータスを確認すると、パパ活は「あ、ほんとだ」と呟いた。
「一つにつきMPを三使うみたい。四つでちょうどゼロになっちゃった」
「はい、四つもあれば十分でしょう。お疲れさまでした!」
班長は満足そうに頷くと、今度はトレーダーに向き直った。
「トレーダー君は扉から離れた横で待機。いつでも【デッキ】を引けるようにしておいてください」
「りょ、了解であります!」
「バナナ君は……そうですねぇ。まだ死なれても惜しいので、離れたところに隠れていてください」
「……はい」
戦力外ということだろうか。
もっとも、わざわざ危険な場所に出ていくつもりはないので、七生としても異論はなかった。
「そして寝不足君。君には一番重要な役目があります」
「えっ、僕ですか?」
「はい。盗賊どもが扉から出てきて【ハニートラップ】に引っかかったら、片っ端から【マイクロスリープ】で眠らせてください。私がその後始末をしますから」
「で、でも、十秒もしないうちに起きちゃいますよ?」
「それだけあれば十分です」
班長はさらりと言った。
七生は洞穴の入り口で見た光景を思い出した。あの男の頭を吹き飛ばすのに、班長は一秒もかけていなかった。
「さて、残クレ君」
「あ?」
「君は一応、【前借り】しといてね」
「……はぁ? 命の前借りとか、どういうことだよ。そんなもん使えるか!」
班長の笑顔が消えた。
「……もう一度、言わせます?」
「…………」
残クレは歯を食いしばったが、結局何も言い返せなかった。
「……くそっ。どうなっても知らねえからな」
残クレはそう吐き捨てると、覚悟を決めたように拳を握りしめた。
「……【前借り】」
その瞬間だった。
「うっ……ぐぅっ!?」
残クレの身体がびくりと震えた。
もともと大柄だった身体が、見る見るうちに膨れ上がっていく。腕も胸も太くなり、着ている服が内側から押し広げられた。首筋には太い血管が浮き上がり、両目は真っ赤に充血している。
「な、なんだこれ……!」
残クレ自身も驚いていた。自分の腕を見下ろし、何度も拳を握ったり開いたりしている。
「おお、いいですねぇ! ちゃんと発動してるじゃないですか!」
班長だけが嬉しそうだった。
「それでは、アタッカーは私と残クレ君でやりますので、ほかの皆さんは死なないように気をつけてくださいね!」
七生たちは慌ててそれぞれの持ち場についた。
「じゃあ、始めましょうか!」
班長が扉を蹴りつけた。
凄まじい音とともに、木製の扉が内側へ吹き飛んだ。
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