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第五話 異世界転移?

 班長のいびきが聞こえる中、七生たちはテーブルを囲んだまま、何とも言えない沈黙を続けていた。


「あ、あのさ……スキルとかステータスとか、なんなの?」


 七生は誰に言うともなく問いかけた。


「小生が思うに、コレは異世界転移によくあるスキル贈呈ではないのかと」


 答えたのはトレーダーだった。相変わらず目を輝かせ、何やら興奮している。


「はぁ? 異世界だ? お前、頭湧いてんのか!?」


 残クレが呆れたように声を荒らげた。


「フヒィィ……でしたら残クレさんはどうお考えで?」


「てめぇ、次にその呼び方したらぶっ殺すぞ」


「ブヒィッ!」


 トレーダーは首をすくめた。


 いや、その名前を名乗ったのは自分だろ。七生はそう思ったが、口には出さなかった。


「し、しかしですな……小生が思うに、こんなものが見えるのは異世界か、頭がどうかしているかのどちらかしかないかと……フヒヒ」


 トレーダーは懲りずに持論を展開し始めた。


「いや、異世界転移って……トラックだったら普通はねられるとかだろ?」


 七生が冷静に突っ込むと、トレーダーは待ってましたとばかりに身を乗り出した。


「甘いですぞ! 小生の愛読しているネット小説には、トラックごと異世界に転移する話もあるでござるよ!」


 ……とうとう「ござる」まで出たよ。


「ていうかさ、そもそもスキルって何なの?」


 パパ活が口を挟んだ。


「何か変な名前が書いてあるのはわかったけど、それで何ができるわけ?」


「ふむ! スキルとは、その者に与えられた特殊能力のようなものでありますな。例えば魔法を使えたり、身体能力が上がったりと、様々なものがあるのでござる」


「それって、あんたの読んでる小説の話でしょ?」


「……まぁ、そうなのでありますが」


 パパ活に指摘され、トレーダーは少し勢いを失った。


 すると、それまで黙っていた寝不足が口を開いた。


「……スキルって、ゲームみたいに使えるんですかねぇ」


 その言葉に、背中をさすっていた売り掛けも顔を上げた。


「何かヤバそうじゃないスキル、使ってみたらいいんじゃねぇの? お前、なんとかスリープだっけ? 最悪、死にはしないだろ」


「……マイクロスリープです」


「そう、それ。寝るだけなら大したことねえだろ。試してみろよ」


「いや、俺もどうやって使うのかわからないんですけど……」


「ゲームのようにスキル名を唱えてみてはどうでありますか!」


「……あれ?」


 寝不足は目の前にステータス画面を開き、何気なくスキル名に指を伸ばした。軽く叩くような動作をすると、何かが表示されたらしい。


「ハハハッ! なにこれ! スキルの詳細見れた!」


「おっ、何て書いてあるんだ?」


 売り掛けが身を乗り出した。


「えーっと……『手で触れた相手を瞬時に眠らせ、十秒以内に目覚めさせる』……なんだこれ?」


「なるほど! 対象を強制的に眠らせる能力でありますな!」


「ちょっと待って。触った相手が寝ちゃうってこと?」


 パパ活が自分の腕を抱えるようにして、寝不足から少し距離を取った。


「いや、まだ使ってないんで、俺にもわからないですけど……」


「じゃあ、そこのデブにでも試してみろよ」


 残クレが顎でトレーダーを指した。


「ブヒィ!? な、なぜ小生なのでありますか!」


「お前が一番詳しそうだからだろ」


「それと実験台にされることに、何の関係があるのでありますか!」


「……ったく、しょうがねえな」


 売り掛けがため息をついた。


「俺が言い出したんだし、俺で試してみろよ。さっきから背中が痛くてしょうがねえんだ。十秒でも寝て紛らわせられるんなら、ありがてえわ」


「えっ、いいんですか?」


「おう、やってみろ」


 寝不足は恐る恐る手を伸ばし、売り掛けの肩に触れた。


「…………」


「…………」


 何も起こらなかった。


「……どうですか?」


「いや、何ともねえけど」


 寝不足はもう一度肩に触れ、今度は軽く押してみた。


「……眠くなりました?」


「ならねえよ。肩揉んでんじゃねえんだから」


「ふむ……ただ触れるだけでは発動しないのでありますな。スキルを使うという意識が必要なのでは?」


「……なるほど」


 寝不足は少し考えてから、改めて売り掛けに向き直った。


「じゃあ、もう一回やってみます。今度はスキルを使うつもりで」


「おう」


 寝不足は意識を集中させ、売り掛けの肩に手を置いた。


 その瞬間、売り掛けの頭ががくりと前に落ちた。


「ハハハッ!」


 寝不足が目を輝かせ自分の手をまじまじと見た。


 売り掛けは椅子に座ったまま、すうすうと寝息を立て始めていた。


「ブヒィィィ! 発動した! 発動したのであります!」


「ちょっと、マジで寝ちゃったの!?」


 パパ活が驚いて顔を覗き込む。


 ところが、十秒も経たないうちに売り掛けがびくりと身体を震わせ、ハッと目を覚ました。


「……あれ? 俺、今寝てたのか……?」


 全員が黙って頷いた。


「マジかよ……」


 寝不足も自分の手とステータス画面を交互に眺めていたが、突然声を上げた。


「あっ! MPが二減ってる……!」


「え? どういうこと?」


 七生が尋ねると、寝不足は画面を見たまま言った。


「さっきまで十だったんですけど、今は八になってます」


「なるほど! つまりMPが満タンなら五回使えるということですな! フヒヒ」


「MPって、魔法とか使うと減るやつだよな?」


「左様であります! おそらく時間経過で回復するものと思われますが、そこは検証が必要ですな!」


「へえ。じゃあ俺も十くらいあんのかな」


 売り掛けが自分のステータスを確認し始めた。


「あ、MPは十一だわ。HPは……七? 最大十って書いてあるな」


「売り掛けさん、さっき背中やられてましたからね」


「……あのクソおやじ」


 売り掛けは眠っている班長を睨んだが、声は小さかった。


 それをきっかけに、全員が自分のステータスを見比べ始めた。


 どうやらHPとMPには現在値と最大値があり、ほかの能力値は単純な数字で表示されているらしい。


「俺のHPは十五。最大十八だな」


 残クレが言った。


「十八? そんなにあるの?」


 パパ活が驚いたように顔を上げる。


「おう。MPは九だけどな」


「やはり体格による差はあるようですな。ちなみに小生のHPは十一、MPは十であります!」


「私はHP八、MP十二。STRとかVITはあんまり高くないわね」


 パパ活も画面を操作している。筋力や耐久力に関する数値は、男性陣より低めだった。


 七生も自分の画面を開いてみた。


 HPは七。最大値も七だった。


 ……七?


 ほかの男たちが十前後なのに、自分だけ七である。


 確かに体力には自信がないが、こうして数字で突きつけられると、なかなか傷つくものがある。


 一方、MPは十五だった。


「あれ? 俺、MP十五ある」


「おおっ! バナナ殿、なかなかの魔力量でありますな!」


「でもHPは七しかないんだけど……」


「それはまた、ずいぶん虚弱でありますな」


「うるせえよ」


 七生は思わず言い返した。


 さらにSTRやVIT、DEX、AGIなども比較してみたが、それぞれに差があった。残クレは筋力と耐久力が高く、寝不足はおおむね平均的だった。


「ということは、成人男性の平均的な数値が十くらいなのかもしれませんな」


 トレーダーが顎に手を当てて考え込んだ。


「でも、六人しかいないんじゃ平均なんてわからなくない?」


 パパ活が言うと、トレーダーは少し考えてから頷いた。


「確かに。あくまで仮説でありますな」


 レベルについても全員が一だったため、上がると能力値がどう変化するのかはわからなかった。


 七生はふと、床でいびきをかいている班長に目を向けた。


 そういえば、あのおっさんのステータスはどうなっているのだろう。


 残クレの肩をつかんだだけで膝をつかせ、缶コーヒーを投げて売り掛けを一撃で倒した。しかも、大の男を片手で持ち上げてトラックの荷台に放り込んでいた。


 あの馬鹿力は、ステータスによるものなのだろうか。


「なあ、あのおっさんのSTRって、どれくらいあるんだろうな」


 七生が呟くと、トレーダーも班長の方を見た。


「フヒヒ……小生も気になるところでありますな。あの怪力、明らかに常人の域を超えておりますゆえ」


「やっぱ百とかあんのかな?」


 売り掛けが言った。


「百って……俺たちの十倍かよ」


 班長はブランケットにくるまり、気持ちよさそうに眠っている。直接聞いてみたいところだが、わざわざ起こしてまで確かめる勇気は誰にもなかった。


「そういえば、ほかのスキルも詳細が見られるんだよな?」


 七生が言うと、トレーダーが待ってましたとばかりにステータス画面を操作し始めた。


「フヒヒ……小生のスキルは、お試しで使うには少々危険でござるな。カードゲームと同じように、デッキから何らかの効果を引くようなので……デュフフ」


「何が出るかわかんねえってこと?」


「左様! それこそ強力な攻撃魔法が飛び出す可能性もありますゆえ、こんな狭い場所で試すわけにはまいりませぬ!」


 トレーダーは妙に嬉しそうだった。危険だと言いながら、今にも試したくて仕方がないという顔をしている。


「俺のは……何だこれ」


 売り掛けがスキルの説明を読み上げた。


「『コールでみんなを応援しよう!』……なんだこりゃ」


「ホストクラブのアレ?」


 パパ活が横から口を挟んだ。


「飲んで飲んで飲んでー! ってやつ?」


「いや、まあ、そういうのはあるけどさ……」


 売り掛けは困ったように頭をかいた。


「それで何が起きるんだよ。さっぱりわかんねぇな」


「応援というからには、味方の能力を高める効果かもしれませぬな!」


「じゃあ、試してみれば?」


「嫌だよ。何もねえところで一人でコールとか、恥ずかしいだろ」


 そこは恥ずかしいのか。


「ていうか、私のも意味わかんないんだけど」


 パパ活がステータス画面を睨みながら言った。


「【ハニートラップ】っていうから、男を魅了するとか、催眠術みたいなことができるのかと思ったら……」


「違うのか?」


 売り掛けが尋ねた。


「『蜂蜜をトリモチ状にして、対象の動きを阻害する』……だってさ」


「……蜂蜜?」


「そう、ハチミツ。何よそれ! ハニートラップってそういう意味!?」


「なるほど! 文字どおりのハニートラップでありますな!」


「私は全然納得してないんだけど!」


 パパ活は不満そうに腕を組んだ。


 スパイダーマンのように手からハチミツが出たりするんだろうか。


「……おい、何だよこれ」


 今度は残クレが低い声を上げた。


 残クレは自分のステータス画面を睨みつけていた。


「前借りって……何だよこれ。『命の前借り』とか書いてやがるぞ」


「命?」


 七生は思わず聞き返した。


「ああ。意味わかんねえだろ。何だよ、命を前借りするって」


「命の前借り、でありますか……。それはなかなか物騒な能力でありますな」


「てめえに言われなくてもわかってんだよ!」


 残クレが怒鳴ると、トレーダーは「フヒィッ!」と首をすくめた。


 そして最後に、全員の視線が七生に集まった。


 ……ああ、そうなるよな。


 七生は諦めて、自分のスキルの説明文を読み上げた。


「『バナナを好きな時に美味しく食べられるようにできるよ!最高だね!』……だってさ」


「…………」


 誰も何も言わなかった。


 トレーダーですら、気の毒そうな顔をしている。


 ……おい。せめて誰か笑ってくれよ。


「……ここにバナナ無いしな」


 誰かがぽつりと言った。


「……そうなんだよな」


 七生は力なく頷いた。


「まあ、わかんねぇことは後でおっさんに聞くか」


 誰ともなくそう言うと、ほかの連中も頷いた。


「とりあえず、俺らも少し休んどこうぜ」


 売り掛けが立ち上がり、部屋の隅に畳まれたブランケットを一枚取った。


 それをきっかけに、ほかの連中もそれぞれブランケットを手に取り、床に横になり始めた。


 七生も空いている場所に寝転がった。唐揚げ弁当で腹も満たされ、朝早くから歩き回った疲れもあって、横になると自然に瞼が重くなってきた。


 七生はブランケットを肩まで引き上げ、目を閉じた。


 日給十万円の仕事は、まだ始まってすらいなかった。

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