第三話 荷台の六人
白い二トントラックは駐車場に入ってくると、一度奥まで進み、バックでゆっくりと駐車し始めた。ピーピーピーというバックブザーの音が、早朝の駐車場に響く。
「……まさか、あれじゃないよね?」
プリン頭の女が訝しげに言った。
七生も同じことを考えていた。どう見ても普通の配送トラックだ。荷物運びの仕事とは聞いているが、送迎車両までトラックというのは、さすがにないだろう。
ところが、トラックは六人のすぐ近くに停車し、エンジンをかけたまま助手席のドアが開いた。
降りてきたのは作業着姿の中年男だった。首には使い古したタオルを下げ、腹の出た体つきに無精髭。どこにでもいそうな現場作業員といった風貌である。
男は六人を見渡すと、指を差しながら数え始めた。
「ひー、ふー、みー、よー……いつ、むー。よし、六人ですねぇ」
なんとも気の抜ける数え方だった。男は満足そうに頷くと、六人に向かって声をかけた。
「今日のバイト、これで全員ですね?」
「ちょっと待って。これじゃ全員乗れないでしょ?」
プリン頭の女が、怪訝そうな顔で尋ねた。
当然の疑問だった。運転席は三人乗りだとしても、運転手と今降りてきた男がいるのだから、あと一人しか乗れない。
しかし、作業着の男は何も答えず、トラックの後ろへ回った。
ガラガラガラッ!
けたたましい音を立てて荷台のシャッターが開かれた。中には何も積まれておらず、薄暗い荷室がぽっかりと口を開けている。
男は顎をしゃくって荷台を示した。
「ほらほら、こっちに乗って」
「……は?」
七生は思わず間抜けな声を漏らした。
いやいや、ちょっと待て。こっちって、荷台? 人間が乗るところじゃないだろ、そこ。
ほかの連中も同じことを考えたらしい。誰一人として動こうとしない。
そんな中、坊主頭の男が一歩前に出た。
「おい、てめえ。ふざけんな! こんなとこに乗れるかよ!」
低い怒鳴り声が駐車場に響いた。がっしりとした体格に刺青まで入った男が凄む姿は、なかなかの迫力だった。
しかし、作業着のおっさんは何も言わず、坊主頭の前まで歩いていった。
坊主頭は百八十センチ近くありそうな大男なのに対し、おっさんは腹の出た、ごく普通の中年男である。
おっさんは坊主頭の前に立つと、その右肩をポンポンと軽く叩いた。
「何だ、てめえ?」
坊主頭が眉間にしわを寄せる。おっさんは構わず、その肩をおもむろにつかんだ。
「……っ!?」
次の瞬間、坊主頭の表情が変わった。
「ぐっ……! て、てめえ、何しやがる!」
男はおっさんの腕を引き剥がそうと両手でつかんだ。しかし、びくともしない。それどころか、みるみる顔が歪んでいく。
「いででででっ! や、やめろっ!」
ついには膝をつき、苦痛に呻き始めた。
七生は目を疑った。ただ肩をつかんでいるだけなのに、あの大男が地面に膝をついて必死にもがいている。
そのとき、ホスト風の男が突然駆け出した。
「冗談じゃねえ! やってられるかよ!」
駐車場の入口へ向かって全力で走っていく。
おっさんは坊主頭の肩を右手でつかんだまま、逃げるホストに目を向けた。そして左手を作業着のポケットに突っ込み、何かを取り出す。
未開封の缶コーヒーだった。
おっさんはそれをホストに向かって投げつけた。
恐ろしく速い腕の振りだった。
ヒュッ、と空気を切る音がしたかと思った次の瞬間、缶コーヒーがホストの背中に命中した。
「がっ!」
ホストは前のめりに倒れ込み、缶コーヒーはアスファルトの上をカラカラと音を立てて転がっていった。
……缶コーヒーだよな? 今の。
おっさんは坊主頭の肩から手を離すと、倒れたホストの方へ歩いていった。少し先に転がっていた缶コーヒーを拾い上げ、プシュッとプルタブを開ける。
そして、何事もなかったかのように一口飲んだ。
「ふう……」
いや、飲むのかよ。
おっさんはホストのところへ戻ると、その片足をつかんだ。
「せっかくの高額バイトから逃げる人がいますか」
そう言って、ずるずると引きずり始めた。
「いっ……痛え! や、やめ……!」
ホストが何か訴えているが、おっさんは気にも留めない。片手に缶コーヒーを持ったまま、もう片方の手で成人男性を引きずってくる。
プリン頭の女は口元を押さえ、太った男は目を見開いている。どこか見覚えのある若い男も顔面蒼白だった。
おっさんは荷台の前まで戻ってくると、ホストの足を離し、六人を見渡した。
「つべこべ言わずに乗りなさい」
静かな口調だったが、もはや言い返す者はいなかった。
それでも誰も動かずにいると、おっさんは面倒くさそうに口を開いた。
「乗るのを手伝ってほしいんてすか?」
「ブヒィッ!」
真っ先に反応したのは太った男だった。豚のような声を上げると、慌ててトラックの荷台によじ登り始めた。重そうな身体を必死に持ち上げ、どうにか這い上がる。
続いてプリン頭の女も動き出した。しかし、荷台の床は思いのほか高く、なかなかうまく登れない。
「ちょっと、これ高すぎ……」
「うふっ、手伝ってあげましょう」
おっさんはニヤニヤしながら女の後ろに回ると、その尻を両手でがっしりとつかんだ。
「きゃーっ! ちょっと、どこ触ってんのよ!」
「静かに!」
「ヒィッ!」
女は一瞬で黙り込んだ。おっさんに尻を押し上げられて荷台に這い上がると、慌てて奥へ逃げていく。
……最悪だ、このおっさん。
七生も急いで荷台によじ登り、続いて見覚えのある若い男も乗り込んできた。
荷室には座席どころか手すりもない。ただのアルミ張りの箱である。
「んー、残りは二人ですね」
おっさんは地面に倒れているホストのところへ歩いていった。
「おい、起きろ。出発しますよ」
「ううっ……む、無理……」
「しょうがないですねぇ」
そう言うと、おっさんはホストの身体を軽々と抱え上げた。そのまま荷台へ向かって歩いてくると、まるで米俵でも放り込むように、ひょいと投げ上げた。
「ぐふぅっ!」
ホストは荷台の床に転がり、腹を押さえて呻いた。
いやいや! 人間だぞ!? 荷物じゃねえんだから、もうちょっと丁寧に扱えよ!
七生は必死に口を閉じた。今ここで目立っても、ろくなことにならない。
「さて、もう一人」
おっさんが坊主頭の前に立った。
坊主頭は地面に膝をつき、右肩を押さえて呻いていた。
「ほら、乗ってください。手伝ってあげましょうか?」
おっさんが左肩に手を伸ばした。さっきつかまれていたのとは反対側だ。
「ヒィッ!」
坊主頭は短い悲鳴を上げ、慌てて立ち上がった。
「わ、わかった! 乗る! 乗るから!」
「だったら早くしなさい!」
坊主頭はふらつきながら荷台に近づき、片足を上げて登ろうとした。しかし、右肩が痛むのか右腕を使えず、左手にも力が入らないようで、なかなか身体を持ち上げられない。
「何だ、やっぱり手伝ってほしいんじゃないですかぁ」
「い、いや、待っ……!」
「なんか悪いことしちゃったなぁ」
おっさんは反省したような口調でそう言うと、坊主頭の脇腹あたりを片手でがっしりとつかんだ。
「ぐあああああっ!」
坊主頭が絶叫した。
おっさんはその巨体を持ち上げると荷台へ押し込んだ。坊主頭は床に転がり、脇腹を押さえたまま身体を丸めた。
……反省してる奴のやることじゃねえだろ。
おっさんは荷台の中をぐるりと見渡し、満足そうに頷いた。
「よし、全員乗りましたね」
そして、にっこりと笑った。
「いっぱい稼ぎましょうね」
ガラガラガラッ!
シャッターが勢いよく引き下ろされ、荷台は真っ暗になった。
*
間もなくトラックが動き出した。
駐車場を出て左に曲がったのが、身体にかかる遠心力でわかった。それからはエンジン音と一定のロードノイズだけが続いた。
窓も照明もない荷台では、自分の手さえ見えない。誰も口を開かず、時折ホストか坊主頭のものらしい呻き声が聞こえるだけだった。
七生は荷台の壁に背中を預け、じっと揺れに耐えていた。
どうにも妙だった。
トラックは駐車場を出てから一度も止まっていない。信号待ちもなければ、交差点を曲がる気配もない。ずっと真っ直ぐ走っているようなのだ。
ふと、七生はポケットのスマホを思い出した。
画面を点けると、暗闇の中にぼんやりと光が広がった。それを見て思い出したのか、ほかの連中も次々とスマホを取り出す。
いくつもの画面が光り、ようやく荷台の中の様子が見えるようになった。
七生は地図アプリを開いた。せめて現在地だけでも確認しておきたい。
「……圏外?」
画面の隅には圏外の表示が出ていた。地図は読み込まれず、現在地も表示されない。
「ねえ、電波入ってる?」
プリン頭の女が尋ねた。
「いや、圏外」
「俺も……」
どうやら全員同じらしい。
七生は諦めてスマホをしまおうとした。
そのときだった。
「……あれ?」
急に頭がぼんやりしてきた。
猛烈な眠気だった。瞼が重くなり、意識が遠のいていく。
昨日は早く寝たわけではないし、今朝も四時半起きだった。眠くなるのはわかる。だが、いくら何でも急すぎる。
七生は顔を上げた。
スマホの明かりに照らされたプリン頭の女が、壁に寄りかかって目を閉じている。太った男も座ったまま頭を揺らし、見覚えのある若い男は俯いたまま動かない。
……おいおい。
みんな、寝てんのか?
そう思った直後、七生の手からスマホが滑り落ちた。
拾おうとしたが、身体が動かない。
何だ、これ……。
七生の意識は、そこでぷつりと途切れた。
*
「……い。おーい」
誰かの声が聞こえた。
「着いたぞー。起きろー」
ガチャガチャと金具の音がして、続いて耳障りな金属音が響いた。
ガラガラガラッ!
「うわっ、まぶしっ!」
突然差し込んできた光に、七生は思わず顔を背けた。
目を開けようとしても、眩しくて何も見えない。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「ほら、着いたぞ。降りろー」
聞き覚えのある声だった。作業着のおっさんである。
七生は何度か瞬きを繰り返した。周囲ではほかの連中も目を覚まし、眩しそうに顔を覆っている。
「……何? もう着いたの?」
プリン頭の女が寝ぼけた声で呟いた。
「そうだよー。ほら、さっさと降りた降りた」
七生は床に落ちていたスマホを拾い、ようやく外へ目を向けた。
最初に見えたのは、青い空だった。
その下には鬱蒼とした木々が広がっている。見渡す限りの山、山、山。足元は土と砂利で、近くには舗装道路どころか建物一つ見当たらない。
……どこだよ、ここ。
さっきまで街中を走っていたはずなのに、ずいぶん遠くまで来てしまったらしい。
「おい、何してんだ。早く降りろって」
おっさんに急かされ、太った男が真っ先に荷台から降りた。続いてプリン頭の女、見覚えのある若い男が降りていく。
七生も荷台の縁に腰を下ろし、地面へ飛び降りた。
残ったホストと坊主頭は、しばらくかかってどうにか身体を起こした。二人ともひどく顔色が悪く、互いに支え合うようにして荷台から降りてきた。
こうして六人全員が地面に降り立った。
七生は改めて周囲を見渡した。山と森に囲まれ、聞こえてくるのは風に揺れる木々の音と鳥の鳴き声だけだった。
どこの山奥まで連れてこられたのか。
スマホを確認してみたが、相変わらず圏外だった。
「それじゃあ、ちょっと歩くけど元気に歩こうなー。レッツハイキング!」
作業着のおっさんが、やけに陽気な声を上げた。
七生たちは、おっさんに続いて歩き出した。
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