第二話 怪しい面々
送信した「応募希望」のメッセージには、すぐに既読がついた。それから十秒も経たないうちに返信が届く。
『このたびはご応募ありがとうございます!(^o^)』
『早速ですが、明日からのお仕事をご希望でしょうか?』
「早っ!」
七生は思わず声を上げた。まだ応募したばかりなのに、もう明日から働けるらしい。普通なら面接だの書類選考だのがあるはずだが、どうやらそんなものは必要ないようだ。
『はい。できれば早めに働きたいです』
『承知いたしました! それでは明日の案件をご案内いたします(^o^)』
『業務内容:荷物の運搬および回収』
『報酬:日給100,000円~(即日払い)』
『食事・送迎あり』
『特別な資格や経験は必要ありません!』
最初に見た求人広告とほとんど同じ内容だった。それにしても、やたらと絵文字が多い。こんな怪しい仕事の案内にまで笑顔の絵文字をつける必要があるのだろうか。
『あの、具体的には何を運ぶんですか?』
『詳細につきましては、現地担当者よりご説明いたします!』
出た。詳細は現地で説明。闇バイトの募集で絶対に信用してはいけないやつだ。
『ちなみに勤務地はどこですか?』
『勤務地までは専用車両にて無料送迎いたしますので、ご安心ください(^o^)』
「いや、場所を聞いてんだけど……」
どうにも会話が噛み合わない。しかも、こちらの質問に答えているようで何一つ答えていないあたり、妙に手慣れている。
続いて、またメッセージが届いた。
『なお、明日の案件は募集人数に限りがございます。ご希望の場合はお早めにお申し込みください!』
今度は人数制限か。いよいよ怪しい通販サイトみたいになってきたぞ。
それでも七生にとって、日給十万円は魅力的だった。何しろ今の全財産は三十九円。まともに仕事を探して初任給を待っていたら、その前に飢え死にしかねない。
『わかりました。お願いします』
送信すると、あっという間に既読がついた。
『ありがとうございます! 採用決定です!』
「採用早すぎだろ!」
面接どころか名前すら聞かれていない。こんな簡単に採用される仕事が世の中にあっていいのだろうか。
『それでは明日の集合場所と時間をお知らせいたします』
続いて地図のリンクと集合時刻が送られてきた。
『集合時間:午前6時00分』
『集合場所:添付の地図をご確認ください』
『服装:動きやすい服装』
『持ち物:スマートフォン、その他必要な私物』
『当日はスタッフがお迎えにあがります。時間厳守でお願いいたします(^o^)』
『それでは明日、お会いできることを楽しみにしております!』
地図を開いてみると、集合場所は駅から少し離れた駐車場だった。周囲には倉庫や雑居ビルが並んでおり、特に目立った施設もない。
七生は念のため求人広告を見直そうとしたが、募集ページはすでに開けなくなっていた。
「うわ、マジか……」
ここまで露骨だと、もはや笑うしかない。
とはいえ、応募してしまったものは仕方がない。明日になれば十万円が手に入るかもしれないのだ。
そう思ったところで腹が鳴った。
「……ああ、そうだった」
明日の十万円より、まずは今日の飯である。
七生は残金三十九円の財布を手に、近所のコンビニへ向かった。うまい棒を二本買って三十円。残金は九円になった。
明日は十万円稼ぐ予定なのに、今の全財産は九円。落差が激しすぎるだろ。
帰り道でめんたい味を食べ、残ったコーンポタージュ味は明日の朝食用に取っておくことにした。三口ほどでなくなってしまったうまい棒の袋を眺めながら、七生は小さくため息をつく。
「……明日こそ、まともな飯が食えるといいな」
*
翌朝、七生は午前四時半に起きた。顔を洗い、くたびれたジーンズとパーカーに着替えると、昨日残しておいたうまい棒で朝食を済ませた。
当然ながら、まったく腹は膨れなかった。仕方なく水道水をコップ二杯飲んでごまかす。
「……さて、行くか」
七生はスマホと、九円しか入っていない財布をポケットに押し込み、アパートを出た。
早朝の空気は少し肌寒かった。道路にはほとんど人影がなく、時折、新聞配達のバイクや仕事へ向かう車が通り過ぎていく。
スマホの地図を頼りに歩くこと二十分ほど。指定された駐車場が見えてきた。
*
集合場所は、古い雑居ビルと倉庫に挟まれた駐車場だった。
中にはすでに何人かの男女が集まっている。七生は入口で足を止めた。
……何だよ、あのメンツ。
最初に目についたのは、坊主頭の厳つい男だった。年齢は四十代くらいだろうか。がっしりとした体格で、腕を組んで壁にもたれかかっている。着ているシャツの裾からは刺青らしきものが覗いていた。
どう見ても堅気には見えない。
いや、人を見た目で判断するのはよくない。もしかしたら気のいいおっさんかもしれないじゃないか。
そう思った矢先、目が合っただけで睨まれた。
……やっぱり怖え。
その少し離れたところには、二十代後半くらいの女が立っていた。明るい茶色に染めた髪の根元が、すっかり黒くなっている。いわゆるプリン頭というやつだ。派手なネイルをした指でスマホを操作しながら、面倒くさそうに周囲を見回している。
ほかには、三十代くらいの太った男。よれよれのTシャツにジャージ姿で、脂っぽい髪が額に張りついている。見るからに清潔感がなく、落ち着かない様子でしきりに汗を拭っていた。
その隣には、やたらと派手な格好をした若い男がいる。明るく染めた髪を丁寧にセットし、首元にはアクセサリー。まるでホストのような見た目だった。
ただ、鼻だけが妙に気になった。不自然なほど鼻筋が高く、先端もやけに尖っている。どう見ても整形したような鼻だが、もちろん本人に確認するわけにもいかない。
そして、もう一人。
七生と同じくらいの年齢に見える若い男が、駐車場の隅に立っていた。
地味な服装に普通の髪型。しいて挙げれば多少ギョロ目で目の下のクマが目立つくらい。街なかですれ違っても気に留めないだろう。
ただ、その顔を見た瞬間、七生は妙な引っかかりを覚えた。
……あれ? こいつ、どっかで見たことあるような。
男も一瞬こちらを見たが、すぐに視線を逸らした。高校か大学の知り合いだろうか。それとも以前のバイト先か。しばらく考えてみたものの、どうにも思い出せない。
七生はひとまず考えるのをやめ、ほかの連中から少し離れた場所に立った。
しかし、見事なまでに統一感のない顔ぶれだった。ヤクザみたいなおっさんに、プリン頭の女。清潔感のない太った男と、整形ホスト。それに、どこかで見たような普通の男。
全員が日給十万円の仕事に応募してきたのだとすれば、なかなか愉快な採用基準である。
「おい、兄ちゃん」
不意に坊主頭の男から声をかけられた。
「……はい?」
「お前も、あのバイトか?」
「あ、はい。そうですけど……」
「そうか」
男はそれだけ言うと、再び黙り込んだ。
会話終了。早すぎる。
七生は何となく気まずくなり、スマホを取り出した。集合時刻まではまだ十分ほどある。
「ねえ、あんたらも十万って聞いて来たの?」
プリン頭の女が口を開いた。
「あ、はい。そうです」
七生が答えると、太った男も小さく頷いた。
「自分も、十万って……」
「だよねー。てか、荷物運びって言うけど、何運ぶのか全然教えてくんないんだけど。マジで何なの?」
「自分も聞いたんですけど、現地で説明するって……」
七生がそう言うと、ホスト風の男が鼻で笑った。
「いやいや、荷物運ぶだけで十万とか、あるわけなくない?」
「……ですよね」
「まあ、金さえもらえりゃ何でもいいけどさ」
ホスト風の男はそう言ってスマホに目を落とした。
「何でもいいって、あんた怖くないわけ?」
「そりゃ多少はね。でも、ヤバかったらバックレればよくね?」
「それができりゃいいけどねー」
女は呆れたように肩をすくめた。
七生は二人のやり取りを聞きながら、坊主頭の男をちらりと見た。男は相変わらず腕を組んだまま黙っている。あの風貌で日給十万円の仕事に応募してきたということは、いったいどんな事情があるのだろう。
「てかさ、あんたら名前とか聞かれてる?」
女が再び口を開いた。
「いや、俺は何も」
ホスト風の男が答える。
「小生もです……」
太った男も首を振った。
「マジで? 普通、名前くらい聞くでしょ。何なの、この会社」
女は呆れたようにため息をついた。
七生も名前は聞かれていなかった。LINEで応募希望と送っただけで採用されたのだから、当然である。
だが、だからといって自分から名乗る気にはなれない。こんな怪しい仕事に応募してきた連中に、わざわざ本名を教える必要もないだろう。
ほかの連中も同じ考えなのか、誰一人として自己紹介を始めようとはしなかった。六人も集まっているのに、お互いの名前すら知らない。何とも奇妙な集まりである。
ふと、駐車場の隅に立っている若い男と目が合った。
男はこちらを見て、何か言いたそうな顔をした。七生も少し迷ったが、結局どちらからも声をかけることはなかった。
「はあ……眠い。朝六時集合とか、マジ勘弁なんだけど」
プリン頭の女が大きなあくびをした。
七生も同感だった。普段ならまだ布団の中にいる時間だ。何より、朝食がうまい棒一本だったせいで腹が減って仕方がない。
そんなことを考えていると、スマホが震えた。
LINEの通知だった。
『おはようございます!(^o^)』
『まもなく送迎車両が到着いたします』
『お乗り遅れのないようお願いいたします!』
時刻は午前五時五十八分。
「送迎、もう来るみたいですよ」
七生が声をかけると、ほかの連中もそれぞれスマホを確認し始めた。
「あ、ほんとだ」
「やっとかよ」
「車って何だろ。ハイエースとか?」
プリン頭の女の言葉に、ホスト風の男が答えた。
「六人ならワンボックスじゃね?」
「だったらいいけど。変な車だったら嫌なんだけど」
女はそう言いながら、駐車場の入口に目を向けた。
七生もつられて道路の方を見る。六人まとめて運ぶのだから、確かにワンボックスカーあたりが妥当だろう。
そのとき、遠くからディーゼルエンジンの音が聞こえてきた。
道路の向こうから、一台の白いトラックが近づいてくる。
ワンボックスカーでもマイクロバスでもない。四角いアルミ製の荷台を載せた、ごく普通の二トンの箱型トラックだった。
トラックは駐車場の手前で速度を落とすと、ウインカーを点滅させた。
そして、六人の待つ駐車場へゆっくりと入ってきた。
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