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第十六話 襲撃

 七生は、身体を揺さぶられる感覚で目を覚ました。


「……ん?」


 辺りは真っ暗だった。


 一瞬、自分がどこにいるのかわからなかったが、エンジン音と荷台の振動で思い出した。


 そうだ。俺、トラックに乗ってたんだっけ。


 どうやら、まだ目的地には到着していないらしい。荷台の壁にもたれたまま、七生はしばらくぼんやりしていた。


 ……それにしても、やけに揺れるな。


 トラックは相変わらず走っているようだが、どうも乗り心地がおかしい。アスファルトの上を走っているときの滑らかな振動ではなく、細かい凹凸を絶えず踏み越えているような揺れ方だった。ときおり車体が大きく跳ね、そのたびに荷台の床がガタガタと音を立てる。


 ……もしかして、もう異世界なのか?


 前回も途中で意識を失い、気づいたときには異世界に到着していた。今回も同じように眠らされていたのだろう。


「……おい、何だよ。まだ着かねえのか?」


 暗闇の中から声がした。残クレだった。


 どうやら、ほかのメンバーも少しずつ目を覚まし始めたらしい。


「……何か、すごく揺れてません?」


 新入りの女性が不安そうに尋ねた。


「また山ん中か? 今度はどこに連れていかれるんだよ」


 売り掛けがぼやく。


 七生は前回の仕事を思い出した。あのときは山小屋で目を覚まし、盗賊のアジトを襲撃することになったのだった。


 ……今度は三日間もあるんだよな。


 いったい何をやらされるのだろう。


「フヒヒ……いよいよですなぁ!」


 トレーダーの嬉しそうな声が響いた。


「いやあ、今回はどのような冒険が待っているのか。小生、楽しみで仕方ありませんぞ!」


「……あんた、よくそんなに楽しそうにしてられるわね」


 パパ活が呆れたように言った。


「こっちは無理やり連れてこられたっていうのに」


「フヒヒ。それはお気の毒ですなぁ」


「全然そう思ってないでしょ!」


 そんなやり取りを聞きながら、七生は荷台の壁にもたれ直した。


 班長は今回の仕事内容について、まだ何も説明していない。せめて、どんな仕事なのかくらい教えてほしいものだ。


 そう思った、その瞬間だった。


 ガンッ!!


「うわっ!?」


 突然、荷台の壁に何かが激しくぶつかった。


 金属を叩くような大きな音に、全員がびくりと身体を震わせた。


「何だ!? 今の!」


 残クレが声を上げる。


「知らねえよ! 俺のすぐ横だったぞ!」


 売り掛けは背中を預けていた壁から慌てて離れた。


 七生はスマホを取り出し、ライトを点けた。


「……え?」


 照らされた壁を見て、思わず声が漏れた。


 売り掛けが座っていた場所のすぐ横から、鋭く尖った金属の先端が突き出していたのだ。


 ……これ、矢じりじゃねえか?


 壁を貫通した矢の先端が、ついさっきまで売り掛けの顔があった場所の、ほんの数センチ横に飛び出している。


「お、おい……これ見てください」


「……何だよ?」


 ライトに照らされた矢じりを見た売り掛けが、目を見開いた。


「うわあああっ! 矢!? これ、矢じゃねえか!」


 ガンッ! ガンガンッ!


 その直後、再び荷台の壁に何かがぶつかる音が立て続けに響いた。


「ひっ! また来た!」


 七生は慌ててスマホのライトを壁に向けた。


 ……いや、ちょっと待て。トラックの壁って、矢で貫通するものなのか?


 考えている暇もなく、また激しい衝撃音が響いた。


「みんな、壁から離れて!」


 七生たちは荷台の中央へ身を寄せた。スマホのライトで照らすと、ほかの場所にも新たな矢じりが突き出しているのがわかった。


「おいおいおい! 何だよこれ! どうなってんだよ!」


 残クレが怒鳴ったが、答えられる者などいなかった。


 さらに、エンジン音や車体の振動に混じって、別の音が聞こえてきた。


 ドドドドドッ!


 ……何だ、この音?


 一定のリズムで地面を叩くような音だった。しかも、一つや二つではない。いくつもの足音が、トラックを取り囲むように響いている。


 ……馬?


 七生は思わず耳を澄ませた。


 馬の蹄が地面を蹴る音に似ている。そう思った途端、今度は外から怒鳴り声まで聞こえてきた。


「ウォオオッ!」


「――ッ! ――ッ!」


 何を言っているのかはわからないが、複数の者が大声で叫んでいるのは間違いなかった。


「……もしかして、馬に乗った連中が追いかけてきてるのか?」


 七生が呟くと、トレーダーが興奮した声を上げた。


「フヒヒ! 騎馬隊による襲撃ですかな! いやあ、実にファンタジーですなぁ!」


「喜んでる場合かよ!」


 売り掛けが怒鳴り返した。


 その直後だった。


 ドンッ!!


 車体の前方から、これまでとは明らかに違う鈍い衝撃が伝わってきた。


「うおっ!?」


 トラックが大きく揺れ、七生たちは床に手をついた。何かに正面からぶつかったような感触だった。


 続いて、ゴトンッという音とともに車体が一瞬持ち上がり、タイヤが何かを乗り越えたような振動が荷台全体に伝わった。


「……今、何か轢かなかったか?」


 残クレが低い声で言った。


 七生も同じことを考えていた。何かを跳ね飛ばし、そのままタイヤで踏みつけたような感触だった。


 ……まさか、人じゃないよな?


 だが、トラックは止まらなかった。


 エンジンが唸りを上げ、むしろ速度が増したように感じられる。その間にも、荷台の壁には矢らしきものが当たり続けていた。


「ちょっと! 運転手、何やってんのよ! 止まりなさいよ!」


 パパ活が叫んだ。


「いや、止まったらもっと危ないんじゃ……」


 七生は思わず口を挟んだ。


 外には何者かが大勢いて、こちらに矢を射かけている。こんなところでトラックが停車したら、いったいどうなるのだろう。


 新入りの女性は両手で頭を覆い、荷台の床にうずくまっていた。


「……何なんですか、これ……。私たち、何で襲われてるんですか……?」


 七生にもわからなかった。


 ……まだ仕事も始まってねえんだけど!?


 ところが、その直後、トラックの速度が急に落ち始めた。


「……おい、何だ?」


 残クレが顔を上げた瞬間、急ブレーキがかかった。


「うわああっ!」


 六人の身体が一斉に荷台の前方へ投げ出された。床を滑り、運転席側の壁にぶつかる。七生もとっさに腕で身体を支えたが、肩を強く打ちつけてしまった。


「いってぇ! 何しやがんだ!」


 残クレが悪態をついた。


 トラックは完全に停止していた。エンジンはかかったままだが、車体に当たっていた矢の音も止んでいる。


 代わりに、外から大勢の怒声が聞こえてきた。馬の蹄らしき音も近い。どうやらトラックは、追いかけてきた連中に取り囲まれてしまったらしい。


 そのとき、前方で車のドアが開く音がした。続いて、誰かが地面に降り立つ気配がする。


 ……班長か?


 七生は耳を澄ませた。


 次の瞬間だった。


 パンッ! パンッ!


「……え?」


 乾いた破裂音が二度、続けて響いた。


 ……銃声?


 七生は昨日、班長がアイテムボックスから取り出して見せた拳銃を思い出した。


 外の怒声が一段と大きくなった。何人もの声が重なり、馬の蹄が地面を激しく蹴っている。


 ところが、その騒ぎはすぐに違うものへと変わった。


 ボスッ!


「ギャァァァッ!」


 何かを強く殴りつけたような鈍い音とともに、甲高い悲鳴が上がった。


 ドカッ!


「ウブッ!」


 グシャッ!


「ウゥぅぅ……」


 今度は、何かが砕けるような嫌な音だった。


「…………」


 七生は思わず荷台の扉を見た。


 外ではまだ大勢が叫んでいる。だが、先ほどまでの威勢のいい怒声は、いつの間にか苦痛に満ちた悲鳴へと変わっていた。


「……おい」


 売り掛けが震える声を出した。


「これ、外で何が起きてんだよ……?」


「知るかよ……」


 残クレもさすがに表情を強張らせていた。


 トレーダーだけは荷台の扉に耳を近づけ、外の音を聞こうとしている。


「フヒヒ……どうやら班長殿が戦っておられるようですな」


「……戦ってるっていうか」


 七生は言いかけて口を閉じた。


 盗賊のアジトで見た班長の姿が頭に浮かんだからだ。あの人が本気で暴れているとしたら、外がどうなっているかなど想像したくもない。


 再び銃声らしき音が響き、続いて何か重いものがトラックの横に叩きつけられた。荷台がわずかに揺れ、新入りの女性が小さく悲鳴を上げる。


 しばらくすると、襲撃者たちの声は急速に減っていった。遠ざかる蹄の音と、逃げる者たちの叫び声が聞こえたのを最後に、辺りは静まり返った。


 ……全員、やられたのか?


 七生はごくりと唾を飲み込んだ。


 聞こえてくるのは、トラックのエンジン音だけだった。


「……終わったのか?」


 残クレが呟いたが、誰も答えなかった。


 それからしばらくして、荷台の後ろで金具を外す音がした。


 ガラガラガラッ!


 シャッタードアが持ち上がり、外の光が荷台に差し込んできた。


「いやあ、皆さん! 大丈夫ですか?」


 そこに立っていたのは、いつもどおりの笑顔を浮かべた班長だった。


 ……いや、あんたが大丈夫なのかよ。


 七生は思わずそう言いそうになった。


 班長は何事もなかったかのような顔で、タオルを使って手についた血を拭っていたのである。


「ちょっと野盗に襲撃されちゃいましたけど、根性のない連中でしたので大丈夫ですよ」


「……はあ」


 七生は何と返事をすればいいのかわからなかった。


 あれだけの悲鳴と、何かが潰れるような音が聞こえていたのだ。根性があるとかないとか、そういう問題ではない気がする。


 それにしても、妙だった。


 班長の向こうには、舗装されていない道と、その両側に広がる草地が見えていた。近くに木々も生えているが、周囲に人影はない。


 ……あれ?


 七生は荷台から身を乗り出さない程度に、外を見回した。


 死体が一つもない。


 あれだけ大勢に取り囲まれ、激しい戦闘があったはずなのに、倒れている人間が誰もいないのだ。


 ただ、道には明らかに普通ではない量の血痕が残されていた。草にも赤黒いものが飛び散り、ところどころ地面が大きくえぐれている。


 ……いや、何だよこれ。


 できれば見たくなかったが、一度気づいてしまうと、嫌でも目に入ってくる。


 七生が顔を引きつらせながら外を眺めていると、その視線に気づいた班長が口を開いた。


「ああ、道に死体が転がってたら嫌ですからねぇ」


「…………」


 ……収納したってことなのか?


 七生は昨日見せてもらった【アイテムボックス】を思い出した。


 宝石や植物、拳銃まで何でも収納できる能力である。死体を収納できたとしても、今さら驚くことではないのかもしれない。


 ……いや、驚くわ!


 あの人のアイテムボックスには、いったい何がどれだけ入っているのだろう。できれば中身を全部見せてもらうような機会は、一生訪れてほしくなかった。


「さて、これから社長の所に向かいますから、もう少しの辛抱です」


「……社長?」


 七生は思わず聞き返した。


 しかし、班長は質問には答えず、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべた。


「それでは、もう少しだけお待ちくださいねぇ!」


 そう言うと、シャッタードアを下ろし始めた。


 ガラガラガラッ!


 荷台は再び暗闇に包まれた。


「……社長だってよ」


 売り掛けが呟いた。


「フヒヒ……いよいよ社長殿との面会ですかな。楽しみですなぁ」


「……あんた、本当に何でも楽しそうだな」


 七生は呆れながら荷台の壁にもたれた。


 やがてトラックが動き始めた。相変わらず道は悪く、ときおり大きく揺れたが、今度は矢が飛んでくることも、馬の蹄の音が聞こえてくることもなかった。


 ただ、荷台の壁に突き刺さった矢じりだけは、そのまま残っていた。


 ……これ、帰りまでに直してくれるのかな。


 そんなことを考えてしまう自分に、七生は少し呆れた。


 ついさっきまで命の危険にさらされていたというのに、トラックの修理の心配をしている場合ではないだろう。


 それからどれくらい走っただろうか。


 いつの間にか、トラックの揺れが少しずつ穏やかになっていた。車輪が踏みしめる感触も変わり、平らに整えられた道を走っているようだった。


 外からは、人の話し声や何かが行き交う音も聞こえてくる。


「……街に入ったのか?」


 残クレが耳を澄ませた。


「かもしれませんね」


 七生が答えたところで、トラックはゆっくりと速度を落とし、やがて完全に停止した。


 しばらくすると、荷台の後ろで金具を外す音がした。


 ガラガラガラッ!


「はい、皆さん! 到着しましたよ。降りてくださーい!」


 班長の明るい声が聞こえてきた。


 七生たちは顔を見合わせながら、荷台から降りた。


「……うわ」


 目の前には、巨大な石造りの城壁がそびえ立っていた。


 その中央には、トラックが余裕で通れるほど大きな城門がある。門の両側には槍を持った兵士が立ち、こちらの様子を見ていた。


 城壁の向こうには、いくつもの尖塔や建物の屋根が見える。


 ……すげえ。


 七生は思わず城壁を見上げた。


 前回は山の中ばかりだったが、どうやら今回は本格的なファンタジー世界の街に来たらしい。


「うおっ、すげえな……」


 残クレも城壁を見上げていた。


「フヒヒ……これは立派な城郭都市ですなぁ! いやあ、素晴らしい!」


 トレーダーはすっかり興奮している。


 売り掛けとパパ活も、目の前の光景に言葉を失っていた。


 新入りの女性は眼鏡を押し上げながら、城壁と兵士たちを交互に見ていた。自分がどこに連れてこられたのか、まるで理解できていないようだった。


 七生は周囲を見回した。


 不思議なことに、門を守る兵士たちはトラックを見ても驚く様子がなかった。見慣れた車両でも出迎えるかのように、落ち着いた態度で立っている。


 ……何で誰も驚かないんだ?


 中世の城門に日本のトラックが停まっているのだから、もっと騒ぎになってもよさそうなものだ。


 だが、兵士たちは班長の姿を確認すると、むしろ姿勢を正していた。


「班長、ここは……?」


 七生が尋ねると、班長はいつもの笑顔で答えた。


「王都ですよ。これから社長にお会いしていただきますのでねぇ」


「……王都?」


「ええ。まずは皆さんにご挨拶をしていただこうと思いまして」


 ……異世界に会社の社長がいるのか?


 七生は首を傾げた。


 そもそも、あの会社がどういう組織なのかすら、いまだによくわかっていない。それなのに、今度は王都で社長との面会だという。


 七生は改めて、目の前にそびえる巨大な城門を見上げた。


 どうやら今回の仕事は、前回とはずいぶん勝手が違うらしかった。

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