第18話 六十八本で組みます
確定の前日、わたくしは王城へ行った。
六十八本を箱に詰めて、荷車に載せて、坂を上った。トビアスが後ろを押した。ハンナは工房に残った。誰かが店を開けていないと、町の客が困る。
調度方の受付は、王城の裏手にある。書記が箱を開けて、数を数えた。数え終えて、顔を上げた。
「六十八でございますね」
「六十八でございます」
「百二十のはずですが」
「入りません」
書記は帳面に何か書いた。書き終えるまで、四つ数えるほどの時間があった。
「では、別の工房で組みます」
「お待ちください」
わたくしは、持ってきたもう一つの包みを開いた。紙が一枚。大広間の図面だ。三日かけて描いた。
「大広間の灯りは、百五十本と伺っております」
「そうです」
「そのうち、届く灯りが要るのは何本でございましょう」
「……百五十本です」
「違うと存じます」
書記の眉が動いた。わたくしは図面を卓に広げた。
王城の大広間には、八度入ったことがある。公爵夫人としてだ。そのとき灯りを見ていた。座っている位置から、どこが見えて、どこが見えないかを覚えている。
「大広間は、南北に長うございます。北の端に玉座、南に扉。東西の壁に窓が七つずつ」
「はい」
「灯りが要るのは、三か所でございます。玉座の周り。中央の通路。そして、東西の壁ぎわ」
「全部ではありませんか」
「全部でございます。ただ、三か所で要るものが違います」
わたくしは図面の北端を指した。
「玉座の周りは、遠くまで届く必要がございません。人が近くに寄りますので。ここは一等の三つ撚りで、二十本」
「近くに寄る」
「はい。ここで要るのは、長く保つことです。式が三刻続きましても、途中で一本も落ちてはなりません」
次に、中央を指した。
「中央の通路は、届かせなければなりません。ここに平打ちを立てます。四十八本」
「六十八本、ですね」
「はい。六十八本を、この二か所に使います」
書記は図面を覗き込んでいた。
「残りは八十二本ございます。壁ぎわでございますね」
「壁ぎわに、何を」
「二等で結構でございます。他の工房のもので構いません」
書記が顔を上げた。
「他の工房」
「壁ぎわの灯りは、届かせる必要がございません。壁を照らすだけです。壁が明るければ、広間は広く見えます」
「二等で、よろしいのですか」
「よろしゅうございます。ただし、置く高さを変えていただきます」
わたくしは図面の東西の壁に、線を引いた。
「壁ぎわの燭台を、いまより一尺下げてください。人の肩より低い位置に」
「低く、ですか」
「高いところに置きますと、光が天井へ逃げます。天井は見上げませんので、そこを照らしても誰の役にも立ちません。下げますと、同じ一本で壁の下半分が明るくなります」
書記は、しばらく図面を見ていた。それから、こう言った。
「壁ぎわを下げれば、二等で足りると」
「足ります。壁は近いので」
書記は帳面を閉じた。
「調度方を呼んでまいります」
調度方は、白髪の男だった。年は六十を過ぎているだろう。図面を三度見て、それから一度だけ質問した。
「これは、誰の案かね」
「わたくしでございます」
「王城の大広間に、入ったことは」
「八度ございます。オルレンス公爵夫人として」
調度方は頷いた。
「壁ぎわを下げるという話は、二十年ぶりに聞いた」
「以前にも」
「昔はそうしていた。いつからか、高いほうが立派だと誰かが言い出したのだろう」
それから、わたくしの顔を見た。
「六十八本で組む。残りは南門の工房から取る」
「ありがとうございます」
「ただし、来年からは百五十本を頼みたい」
わたくしは、頭を下げかけた姿勢のまま止まった。
「来年、でございますか」
「王室御用達として、ヴァイラント灯明工房を登録する。冬至の夜会を仕切ってもらう」
顔を上げた。
「ありがたいお話でございます。ただ、一つ申し上げなければなりません」
「なにかね」
「王室御用達になりますと、蔵の在庫は全量、王室が押さえることになると伺っております」
「そうだ。それが条件だ」
やはりそうだ。
「わたくしの蔵には、オルレンス公爵家の発注が三百本入っております」
「知っている」
「ご存じでございますか」
「調度方だからな。王都の灯りの動きは全部見ている」
白髪の調度方は、少しも表情を変えなかった。
「御用達になれば、あの家には一本も回らん。それでよいのかと訊いているなら、答えは『それでよい』だ。王室が先だ」
「……はい」
「嫌なら断ればいい。断っても、六十八本は買う」
わたくしはすぐに答えられなかった。
窓の外で、王城の庭師が篝火の台を運んでいた。冬至の準備が始まっている。あと十三日。この十三日のうちに、王都の灯りの流れが一つ変わる。変えるのはわたくしの返事一つで、返事をするのに要る時間は、二呼吸ほどだ。
三年かかるものを止めるのに、二呼吸で足りる。断れば、公爵家に三百本が納まる。契約は果たされる。父の残した二十二年の契約が、続いていく。
受ければ、契約は果たせなくなる。契約違反ではない。王室の求めは、貴族の契約より重い。そう決まっている。だから誰も責められない。誰も責められないまま、あの家には一本も届かなくなる。
三月前、わたくしは棚に六日分を置いてきた。あれは、六日で終わるという意味だった。
「お受けいたします」
調度方は頷いた。
「ただし、蔵の差し止めが解けてからだ。明日、法廷だろう」
「明日でございます」
「勝ちなさい」
工房へ戻ったのは、日が落ちてからだった。ハンナが戸口で待っていた。
「御用達だって」
「なぜご存じですか」
「ザイデルだよ。宿屋の。あの男、王城の御用聞きに『坂の下に、階段を見に来る蝋燭屋がいる』って半年ぶん喋ったらしい」
半年ではない。三月だ。ただ、あの人が話を長くするのはいつものことだ。
「三百本は」
「納められません」
「そうかい」
ハンナは、それだけ言った。それから、鍋に火を入れた。この人は考えるとき、必ず何かを温める。
「あんた、二十二年の契約を切ったんだよ」
「切っておりません。王室が先だと決まっているだけです」
「同じことだ」
「同じでございますね」
わたくしは前掛けを掛けた。
父は、あの契約を解かずに死んだ。解こうと思えば解けた日が、何度もあったはずだ。娘が嫁いだ年にも、工房を畳むと言った年にも。解かなかった理由を、わたくしは知らない。訊けないまま終わった。
「親方が生きてたら、なんて言うかね」ハンナが言った。
「叱られるでしょうか」
「叱られないよ。あの人は数字の話しかしない」
そうだ。父なら「王室が先だ」と言って、それで終わりだ。三百本のことは、たぶん一言も言わない。その夜、戸を叩く音がした。この時刻に来る客はいない。ハンナが顔を上げ、トビアスが作業台の陰から出てきた。
戸を開けると、外套の男が立っていた。馬車は無かった。従者もいなかった。坂を、歩いて下りてきたのだ。コンラート・ドゥ・オルレンスだった。
壁ぎわの燭台を高く吊ると、光の半分は天井へ行きます。天井を見上げる人はいないので、その半分は誰の役にも立ちません。一尺下げるだけで同じ一本が二倍働きます。立派に見せる置き方と、よく見える置き方は、たいてい違います。
次回、法廷です。その前に、坂を歩いて下りてきた人と話をします。
ブックマークをいただけますと、明日の法廷の椅子が一つ柔らかくなります。




