自転車。
文芸部には部長がいる。
顧問がいる。
はずだった。
ちなみに僕はどちらとも会ったことがない。
図書室の脇の図書準備室。
それが僕らの活動の場だった。
ちなみに活動内容は、年に一回、文化祭に合わせて部誌「純黒珈琲_」を制作することだった。
「うーん。原稿の集まり、悪いよねー」
いや、悪いなんてものじゃない。
大体、何で僕と先輩しか書いてないんだ。
基本のルールとしては、夏休みの間に書いてきて、明けのこの週に提出、というはずだった。
そんなことをつぶやきながら、僕はフォントを並べていく。
液晶モニタの中には「純黒珈琲-PURE BLACK COFFEE_」の文字。
様々なフォントを混ぜてレイアウトを作る。
イメージはとあるバンドのCDジャケットだ。
「あ、結構いい雰囲気だね、この表紙」
「まあ、真似っこですけどね」
そう答えつつも、先輩にほめられるのは悪い気がしない。
「さ、今日はもう終わっちゃおうか」
先輩が大きく伸びをして言う。
「あれ? もうですか?」
「うん。今日、コバルトの新刊出るんだ」
「え? あ、そうでしたっけ?」
「そ。だから三洋堂に寄って行きたいのさ」
そうか。そういうことですか。
ま、そういうことなら。
僕は片付けを始める。
「馨くんも行く?」
「当然行きます」
もちろん、とばかりに答える。
いや、わざわざ主張しなくても、学校帰りに本屋に行くのは日課なので否はない。
一通り片付けてから鞄を持つ。
先輩は図書準備室に鍵をかけた。
「職員室に鍵置いてくるから」
「じゃ、自転車置き場で待ってます」
日が陰り、西の空はすでに赤みを帯びている。
もっとも、グラウンドや体育館からは、まだまだ体育系の部活動の声が届く。
そんな中、僕は自転車置き場の前で先輩を待っていた。
傍らにはMTBタイプの自転車。僕の愛車ってヤツだ。
大体、部活をしっかりやっているヤツはもう一時間くらいは学校にいるし、帰宅部の連中はもうすでに帰宅している。
そんなわけで、こんな半端な時間にここにいるヤツはそういない。
僕はぼうっと空を見ながら待つ。
そこへ、先輩が小走りにやって来た。
鞄についた、偏食な青い化け物のマスコットがぶらぶらと揺れている。
たしか、クッキーしか食べないやつ。
「お待たせ。行こうか」
先輩の自転車は水色の……国産じゃないどこか、の製品だ。もっとも、MTBとかじゃなく、いわゆるママチャリのデザインだ。
だけど、サドルがちょっとクラシカルな素材だったりと、ちょっと違うタイプの自転車だ。先輩はそういうところに妙にこだわる。
そういう点はオタクって呼んでもさしつかえない気がする。
僕はゆっくりと走る。
先輩の少し後を。
先輩は時々、僕のほうを振り返り、そこに僕がいることを確認して笑う。
たんぼの真ん中の道を二人で進んだ。
それは、たしかな幸せの時間だった。




