幽霊って信じる?
「ねえねえ、幽霊って信じる?」
先輩はいつも唐突だ。
「何、読んだんですか?」
「え? 何よ、それ」
「え、何か面白い本を読むといつも新しいことに夢中になってるじゃないですか」
「え? そうかなあ」
「で、何読んだんですか?」
「うーむ。情緒ないねえ。馨くんは」
そう言って先輩は一冊の本を取り出した。
ハードカバー。タイトルは「怪奇百物語 第四章~鎮魂~」
相変わらず、趣味の広い人だ。
「で、その本がどうしたんですか?」
「ふっふっふっ」
ここでワンテンポ。
「面白かったんですよ。とても」
先輩は笑う。
「たとえば、怨念なんていうでしょ。あれは霊のそういう念だけが残ってしまうことを言うって信じられる?」
「どういうことですか?」
「いわゆる怨念、霊現象とかでもその原因としてあげられるよね」
「ええ」
先輩の目が怖くなっていく。
ああ、怪談モードになってるよ……。
「もともと、ああしてほしい、こうしてほしい、そういう想いを残した霊がいっぱいいる。いわゆる幽霊だけどさ。その霊たちは、やっぱし肉体っていうものを持ってないのよ」
「だからこの世界に生きたときの記憶とかそういうものをあまり長いこと保持できない。だから肉体を失った後、残るのは誰かに対する怨みじゃなくて、単なる怨みという妄執だけなのよ。誰かっていう具体性がなくなってしまうの」
「具体性……ですか」
「そう。だからいわゆる呪われた部屋なんていうのが、誰彼かまわず呪うのは、すでに呪いの対象が誰だかわからなくなっているのよ」
何となくつじつまが合っている気がする。
「と、すると肉体っていうのが記憶メディアだっていうことですか? メモリーカードみたいな」
「うん。少なくともこの本を書いた人は馨くんと同じコトを言っているわね。ひょっとして読んでた?」
「いいえ」
僕は首を振って否定する。そんな厚くてつまらなそうな本読むのは先輩だけです。
「ふうん。じゃあ、馨くんって鋭いねぇ。まあ、何にせよそういう記憶するべき『物質』を持たない霊っていうのは少しずつ人であったころの記憶を失っていくのよ。そうして、単なる怨念になって、この世に取り残される、いわば成仏できないってことになるの」
「成仏……できない」
「そう。だから逆に言えば、死んだ人を成仏させてあげるには、そう言ったきちんとした記憶を持っているうちに成仏させてあげなきゃいけないのよ」
先輩は嬉しそうに言う。
いや、何でそんなに嬉しそうなんだ。
「でないと、単なる怨念になって、例えば怨んでいる相手が死んだとしても、自分が怨んでいたのが誰だかわかんなくなっちゃっていたら、もうダメだっていうこと」
「怖いですね」
「四十九日って言うでしょ。それがタイムリミットらしいよ。古代の仏教指導者はその期間を知っていたか、もしくは感じとっていた。だからそういう儀式が存在するのよ」
ふうん。
いや、そんな怖い話をそんな明るい顔でって突っ込みたいくらい嬉しそうに話をしないでほしいんですけど。
でも、そういう顔を見るのはとても好きだった。
だからつきあっちゃうってのは自業自得?
「でも、それじゃ殺人事件とかあるじゃないですか」
「え? 何?」
話のつながりがわからなかったらしい。
きょとんとした先輩の表情。
「犯人は四十九日の間に捕まえなきゃ、殺された人は成仏できないってことですよね」
「ええ。そうね。いいアイデアかも。ミステリに応用すれば、犯人逮捕のタイムリミットができるわね」
いや、誰も応用しないと思う。
きっと。




