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眠れぬ夜と灰色の朝。  作者: 阿月
22/35

ゲーセン。

「瀬島浩平……。菊川高校三年A組」

 僕はターゲットの名前をつぶやきながら、例の一社駅近くのゲームセンターをうろついていた。



 ここは瀬島を含め、ヤツら四人組がよく立ち寄っていた。

 もっとも今は三人組。

 ただし、松岡の死体はいまだ発見されていない。

 単なる行方不明の扱いだ。


 ヤツらはよく外泊なんかもしていたから、結果的に気づかれていないのだろう。

 そういう点ではヤツらの素行に感謝したい。


 そんなことを考えているうちに。

 来た。



 瀬島だ。

 一人。

 制服姿。

 ふらふらとゲームのモニター画面を見つつ、歩いている。



 よし、来い。



 いつもの台。

 格闘ゲーム「アイアンブラッドEX」

 瀬島が鞄を置いてコインを放り込む。

 デモ画面がキャラクターセレクト画面に変わる。

 タフでマッチョなパワーファイター、ロドリゴをセレクト。



 ゲームスタート。

 初戦の相手はグラマラスな美女、ファ・レンホウ。

 スタートと同時にロドリゴが投げを決める。

 そのまま、コンボでアンデス・ネック・ブリーカー。



 うまい。

 鮮やかな連携。

 遊び慣れている。

 その表情は実に楽しそうだ。



 さて。

 こちらも。

 ゲームスタートだ。



 僕はゆっくりと筐体に向かう。


 今日の僕は先輩のお墨付きの女子中学生モードだ。

 制服は正真正銘、瑞穂第三中学のセーラー服。

 先輩のお下がりだ。

 先輩に遊ばれて、着せられたものだ。

 僕にとっては、先輩の遺品の一つ。



 そして。

 コイン投入。

 挑戦者乱入! のメッセージが画面に踊る。

 筐体の向こうの表情は見えない。

 キャラクターセレクト。

 小柄な美少女、アリスを選択。


 レディ。


 ゴー。


 ロドリゴが先制。

 その出かかりを下段小キックで止めて、一気にコンボ。

 

 飛び道具のミラースラッシュから大パンチ、浮かしたところで奥義技ハンプティ・ダンプティ。

 一気にライフを削る。

 着地の後、ロドリゴが反撃に転ずる。



 ロー・プレッシャーでアリスをはじいた後、スイングラリアット。

 アリスはそれに合わせてミラースラッシュで相殺。


 そこへ。


 一気に勝負を決めようと大ジャンプで飛び掛かってきた。

 と、いうことは。


 一気に対空、大パンチ。

 そして。

 もう一度ハンプティ・ダンプティ。

 ロドリゴのライフが一気にゼロになる。



 アリス・ウィン!



 メッセージが表示される。

「くそっ!」

 筐体を殴りつける音がする。

 二本目がスタート。

 僕はすこしだけ手を抜いて、最後の土壇場でアンデス・バックブリーカーの餌食となる。

 ロドリゴ・ウィン! の文字が光る。

 指を鳴らす音。



 さて。

 次が勝負だ。

 ラスト・ラウンド。



 レディ!


 ゴー!



 アリスは一歩下がる。ロドリゴも様子見。

 カウントが進む。

 アリスは飛び道具のミラースラッシュを牽制で放つ。

 ロドリゴはそれを受ける。

 ビンゴ! ミラースラッシュ三連弾。

 ロドリゴが飛ぶ。



 終わりだ。

 アリスの対空コンボ、大パンチプラスハンプティ・ダンプティ。そして、それだけでは終わらない。



 三ゲージ消費の必殺技、フォーリング・エンジェルへと繋げる。

 極めつけのハメ技。

 東京の店では、使用禁止にも指定されたコンボ。

 まあ、子供は好きだけどね。



 なす術もなく、何もさせずにウィン!



「畜生! ハメかよ!」

 瀬島が椅子を蹴倒して立ち上がる音。


「てめぇっ!」

 僕は驚きと、そして恐怖の表情でそれを迎えた。

「ひ……」



「お……女かよ……」

 瀬島の動きが止まった。

 僕も動きを止めた。

 画面でアリスはCPUにボコボコにされている。



 そりゃそうだ。

 プレイヤーの僕が固まっていれば、アリスはなす術もない。

「あ、いや、脅かして悪かった……な」

 口ごもっている。


 これだけ鮮やかにやられた相手が女の子、それも中学生だったとは思っていなかっただろう。

 少し、目に涙なんか浮かべてみる。



「いや、悪かったよ。だけどお前、なかなかやるよな」

「うん……」

 僕はそっとうなずく。

 僕の声は男としてはかなり高い方だ。

 このくらいではわからないはずだ。

 もっとも、ずっと喋っていればその限りではない。



 だから口数は少なく。

 それが基本。

「ジュースでもおごるからさ、な、こっち来いよ」

 僕はうなずいて立ち上がる。



 ヘアピースがうっとうしい、と思いつつ髪をかきあげ、そっと上目づかいに見つめる。

 瀬島が顔を赤らめた。



 阿呆め。

 僕は何も知らぬ無垢な女子中学生を演じた。


 缶ジュースを受け取る。瀬島がコンクリートの壁に体を預けると僕も並ぶ。

 あまり言葉は発しない。

 頷くか、首を振るか。

 そして、微笑むか。

 三十分ほど瀬島が喋り続けたのに付き合って、僕はようやく言葉を口にした。

「そろそろ……帰らなくちゃ」



 そう言って少し離れる。

「家はどこだよ?」

「本郷」

「地下鉄か?」


 頷く。

「送るよ」

 そう言って歩き出す。

 僕は笑顔で付き従った。



 一社駅は出入口が二つ。

 メイン道路の左右に出入口があり、その間にプラットホームがあるスタイルになっている。

 僕らは切符を買って、地下へ降りた。



 深い奈落へと。

 僕は瀬島を導く。

 列車はホームに来ていた。


「お、もう来てるじゃないか」

 瀬島が走ろうとするのを止める。



 瀬島の左袖を掴んで。

 怪訝そうな顔。


「もうちょっと……」

 もう少し一緒にいたい。

 僕は視線でそう告げた。

 その言葉に顔を緩ませる。

「あ、ああ。そんなに急ぐこともないか」 

 瀬島は歩みをゆるめる。



 そして、列車は行ってしまった。

 ホームには僕と瀬島、ただ二人。

 僕はホームの一番奥へ誘う。

 列車は大体五分間隔でやってくる。


 計算する。


 僕は瀬島の左袖を持ったまま、ホームに立つ。

 瀬島はまんざらでもない顔で僕の横に立っている。

 遠く、向こうから風が吹いてきた。

 列車がやって来た。

 来た。


「なあ、そう言えば名前は?」


 瀬島が列車の方を見ながら言った。

 僕はゆっくりスタンガンを取り出した。

 そして、瀬島の背中に当てた。


「がっ!」


 叫び。

「な……」

 僕の方を見る。

 そして、スタンガンをもぎ取ろうと迫る。


 僕は。

「いやぁぁぁぁ」

 叫びながら、瀬島を押した。

 そして瀬島は。

 ホームから転落した。

 つんざくようなスキール音。

 運転手の驚き。

 列車が鮮血に染まった。



「いやぁぁぁぁ」

 他の客が気づいた。


 僕は呆然と立ちすくんでいた。

 いや、その振りをしていた。


 運転手が降りてきた。

 そして野次馬たちも寄ってくる。

 僕はその人ゴミの中にまぎれて外へ向かう。



 ついでに、そっとスケジュール帳を一冊落としていく。

 何日か前に、別のゲームセンターで拾ったものだ。

 しばらく警察にそっぽを向いていてもらう必要があるから。

 階段を駆け降りる駅員を横目に見ながら、エスカレーターで地上へ。



 そして、そのまま何も知らずに発車しようとするバスに乗り込んだ。

 何気なく、当たり前のように二百円を入れ、そして真ん中あたりで座る。


 地下の喧騒が嘘のように静かなバスは、ゆっくりと駅のターミナルを離れていった。





 バスを三本乗り継いで、名鉄とJRともう一度地下鉄を使って、いつもなら三十分ほどの道のりを四時間くらいかけて、僕は家に帰ってきた。


 途中でセーラー服から別の服に着替えた。

 大きめのスーパーマーケットのトイレ。

 ジーンズと大きめのパーカータイプのトレーナー。


 大きな帽子を被ると性別不詳な人間が出来上がる。


 ついでにパンとジュースを買って小さな段ボールももらう。

 セーラー服やスタンガンを一度そこに詰め、コンビニまで持っていく。



 宅配便で三日後くらいに指定して自宅へと発送した。

 そうして、大回りのうえ家へと帰りついた。


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