ゲーセン。
「瀬島浩平……。菊川高校三年A組」
僕はターゲットの名前をつぶやきながら、例の一社駅近くのゲームセンターをうろついていた。
ここは瀬島を含め、ヤツら四人組がよく立ち寄っていた。
もっとも今は三人組。
ただし、松岡の死体はいまだ発見されていない。
単なる行方不明の扱いだ。
ヤツらはよく外泊なんかもしていたから、結果的に気づかれていないのだろう。
そういう点ではヤツらの素行に感謝したい。
そんなことを考えているうちに。
来た。
瀬島だ。
一人。
制服姿。
ふらふらとゲームのモニター画面を見つつ、歩いている。
よし、来い。
いつもの台。
格闘ゲーム「アイアンブラッドEX」
瀬島が鞄を置いてコインを放り込む。
デモ画面がキャラクターセレクト画面に変わる。
タフでマッチョなパワーファイター、ロドリゴをセレクト。
ゲームスタート。
初戦の相手はグラマラスな美女、ファ・レンホウ。
スタートと同時にロドリゴが投げを決める。
そのまま、コンボでアンデス・ネック・ブリーカー。
うまい。
鮮やかな連携。
遊び慣れている。
その表情は実に楽しそうだ。
さて。
こちらも。
ゲームスタートだ。
僕はゆっくりと筐体に向かう。
今日の僕は先輩のお墨付きの女子中学生モードだ。
制服は正真正銘、瑞穂第三中学のセーラー服。
先輩のお下がりだ。
先輩に遊ばれて、着せられたものだ。
僕にとっては、先輩の遺品の一つ。
そして。
コイン投入。
挑戦者乱入! のメッセージが画面に踊る。
筐体の向こうの表情は見えない。
キャラクターセレクト。
小柄な美少女、アリスを選択。
レディ。
ゴー。
ロドリゴが先制。
その出かかりを下段小キックで止めて、一気にコンボ。
飛び道具のミラースラッシュから大パンチ、浮かしたところで奥義技ハンプティ・ダンプティ。
一気にライフを削る。
着地の後、ロドリゴが反撃に転ずる。
ロー・プレッシャーでアリスをはじいた後、スイングラリアット。
アリスはそれに合わせてミラースラッシュで相殺。
そこへ。
一気に勝負を決めようと大ジャンプで飛び掛かってきた。
と、いうことは。
一気に対空、大パンチ。
そして。
もう一度ハンプティ・ダンプティ。
ロドリゴのライフが一気にゼロになる。
アリス・ウィン!
メッセージが表示される。
「くそっ!」
筐体を殴りつける音がする。
二本目がスタート。
僕はすこしだけ手を抜いて、最後の土壇場でアンデス・バックブリーカーの餌食となる。
ロドリゴ・ウィン! の文字が光る。
指を鳴らす音。
さて。
次が勝負だ。
ラスト・ラウンド。
レディ!
ゴー!
アリスは一歩下がる。ロドリゴも様子見。
カウントが進む。
アリスは飛び道具のミラースラッシュを牽制で放つ。
ロドリゴはそれを受ける。
ビンゴ! ミラースラッシュ三連弾。
ロドリゴが飛ぶ。
終わりだ。
アリスの対空コンボ、大パンチプラスハンプティ・ダンプティ。そして、それだけでは終わらない。
三ゲージ消費の必殺技、フォーリング・エンジェルへと繋げる。
極めつけのハメ技。
東京の店では、使用禁止にも指定されたコンボ。
まあ、子供は好きだけどね。
なす術もなく、何もさせずにウィン!
「畜生! ハメかよ!」
瀬島が椅子を蹴倒して立ち上がる音。
「てめぇっ!」
僕は驚きと、そして恐怖の表情でそれを迎えた。
「ひ……」
「お……女かよ……」
瀬島の動きが止まった。
僕も動きを止めた。
画面でアリスはCPUにボコボコにされている。
そりゃそうだ。
プレイヤーの僕が固まっていれば、アリスはなす術もない。
「あ、いや、脅かして悪かった……な」
口ごもっている。
これだけ鮮やかにやられた相手が女の子、それも中学生だったとは思っていなかっただろう。
少し、目に涙なんか浮かべてみる。
「いや、悪かったよ。だけどお前、なかなかやるよな」
「うん……」
僕はそっとうなずく。
僕の声は男としてはかなり高い方だ。
このくらいではわからないはずだ。
もっとも、ずっと喋っていればその限りではない。
だから口数は少なく。
それが基本。
「ジュースでもおごるからさ、な、こっち来いよ」
僕はうなずいて立ち上がる。
ヘアピースがうっとうしい、と思いつつ髪をかきあげ、そっと上目づかいに見つめる。
瀬島が顔を赤らめた。
阿呆め。
僕は何も知らぬ無垢な女子中学生を演じた。
缶ジュースを受け取る。瀬島がコンクリートの壁に体を預けると僕も並ぶ。
あまり言葉は発しない。
頷くか、首を振るか。
そして、微笑むか。
三十分ほど瀬島が喋り続けたのに付き合って、僕はようやく言葉を口にした。
「そろそろ……帰らなくちゃ」
そう言って少し離れる。
「家はどこだよ?」
「本郷」
「地下鉄か?」
頷く。
「送るよ」
そう言って歩き出す。
僕は笑顔で付き従った。
一社駅は出入口が二つ。
メイン道路の左右に出入口があり、その間にプラットホームがあるスタイルになっている。
僕らは切符を買って、地下へ降りた。
深い奈落へと。
僕は瀬島を導く。
列車はホームに来ていた。
「お、もう来てるじゃないか」
瀬島が走ろうとするのを止める。
瀬島の左袖を掴んで。
怪訝そうな顔。
「もうちょっと……」
もう少し一緒にいたい。
僕は視線でそう告げた。
その言葉に顔を緩ませる。
「あ、ああ。そんなに急ぐこともないか」
瀬島は歩みをゆるめる。
そして、列車は行ってしまった。
ホームには僕と瀬島、ただ二人。
僕はホームの一番奥へ誘う。
列車は大体五分間隔でやってくる。
計算する。
僕は瀬島の左袖を持ったまま、ホームに立つ。
瀬島はまんざらでもない顔で僕の横に立っている。
遠く、向こうから風が吹いてきた。
列車がやって来た。
来た。
「なあ、そう言えば名前は?」
瀬島が列車の方を見ながら言った。
僕はゆっくりスタンガンを取り出した。
そして、瀬島の背中に当てた。
「がっ!」
叫び。
「な……」
僕の方を見る。
そして、スタンガンをもぎ取ろうと迫る。
僕は。
「いやぁぁぁぁ」
叫びながら、瀬島を押した。
そして瀬島は。
ホームから転落した。
つんざくようなスキール音。
運転手の驚き。
列車が鮮血に染まった。
「いやぁぁぁぁ」
他の客が気づいた。
僕は呆然と立ちすくんでいた。
いや、その振りをしていた。
運転手が降りてきた。
そして野次馬たちも寄ってくる。
僕はその人ゴミの中にまぎれて外へ向かう。
ついでに、そっとスケジュール帳を一冊落としていく。
何日か前に、別のゲームセンターで拾ったものだ。
しばらく警察にそっぽを向いていてもらう必要があるから。
階段を駆け降りる駅員を横目に見ながら、エスカレーターで地上へ。
そして、そのまま何も知らずに発車しようとするバスに乗り込んだ。
何気なく、当たり前のように二百円を入れ、そして真ん中あたりで座る。
地下の喧騒が嘘のように静かなバスは、ゆっくりと駅のターミナルを離れていった。
バスを三本乗り継いで、名鉄とJRともう一度地下鉄を使って、いつもなら三十分ほどの道のりを四時間くらいかけて、僕は家に帰ってきた。
途中でセーラー服から別の服に着替えた。
大きめのスーパーマーケットのトイレ。
ジーンズと大きめのパーカータイプのトレーナー。
大きな帽子を被ると性別不詳な人間が出来上がる。
ついでにパンとジュースを買って小さな段ボールももらう。
セーラー服やスタンガンを一度そこに詰め、コンビニまで持っていく。
宅配便で三日後くらいに指定して自宅へと発送した。
そうして、大回りのうえ家へと帰りついた。




