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眠れぬ夜と灰色の朝。  作者: 阿月
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百物語。

 先輩は僕のセーラー服姿を、まるで初めて見るように驚いた。

 元々、このセーラー服自体、先輩のもので、以前ここで先輩自身が僕に着せたのだ。

 すなわち、先輩は記憶を失いつつある。

 そういう結論になる。



 記憶。それを聞かせてくれたのは先輩だった。

 死者の記憶は次第に薄れていく。そしてその記憶がなくなった時、それは単なる怨念として定着する。

 それに気づいた翌日、僕は図書室に駆け込んだ。



 そして探した。あの時、先輩が持っていた本、「怪奇百物語 第四章~鎮魂~」を。



 五冊セットになっていた。どうやら、一冊二十編の物語を五人の著者が書いているものらしい。怪奇ネタのアンソロジーという体裁だ。


 問題になる話を書いたのは奈波啓介。怪奇系では結構名前の知られた人だ。

 もっとも、最初の断り書きで、とある誰かから送られてきた原稿だと断ってある。

 状況から見て、この本が編集される何年か前に起きた事件の犯人からの原稿なのでは? などという著者と編集者の会話が冒頭に載せられていた。


 改めて確認すると、基本的には実話、すなわち体験談としての怪談を集めたものらしい。

 何年か前の事件、というのは特に紹介されてはいない。

 あまり、あのことだと言い切ってしまうのは、まずいだろう、とも述べられている。




 いくつかのキーワードから図書館のネット端末を使って検索してみる。

 すると。

 その手の掲示板では結構話題になったらしい。

 そのものズバリ、事件の概要が解説されているページすらあった。


 その、送られてきた原稿に関する真偽については論議の的となっていた。

 信じる、信じないさまざまな意見が走っていた。

 まあ、とりあえず、それはいい。


 その中で、この文章の記述者と目されているのは「角川信一郎」という男。



 有名人だった。僕でも少しは知っている。

 狂人。元塾講師。

 そして、連続殺人の犯人。大学教授、教育委員会の偉いさんをはじめとする、四人の人間を次々に殺害。


 本人は妻の仇討ちと主張するものの、今に至るまで被害者たちと角川の妻の間の関係は確認されていない。

 ついでに言えば、角川の妻の死因は病死と扱われている。



 そして、実際この文章の内容は、と言えば角川が自分の行動が、あくまで仇討ちだと主張するための言い訳みたいな内容だ。



 だけど。

 僕にとっては……。




「あの思い出したくもない、夏の暑い日。

 妻の葬儀を終え、自宅に戻ったとき、その時にさかのぼる。


 暑い一日だった。

 娘の夏子を姉に預け、私は一人で自宅に戻ってきた。

 そして出会ったのだ。

 妻と。


 そう、小さな食卓とテレビの置かれた居間に。

 妻はそっと立っていた。

 悲しそうな顔をして。

 私は夢だと思った。

 有り得ないことだと。


 ただ。

 恐ろしいことだとは思わなかった。

 むしろ、それは喜びだった。

 妻が戻ってきた。


 殺された妻が戻ってきた。」



 そんなくだりを読むと、僕はどうしても自分自身と重ねてしまう。

 それは今、自分が遭遇している現象にそっくりだったからだ。


 そして、角川は自分自身が殺人という手段を選ぶまでを綴り、そして刑務所へと入る。

 ただ。

 全ての記憶を封じようとした彼の前に一人の男が現れる。

 町工場の職人であったその男の罪状は、角川と同じ殺人。

 そしてその男が殺人に至ったきっかけは。

 死んだ娘に会ったから。



 そこからは角川自身の生命と霊に対する考察。

 臓器移植に伴うエピソード。心臓移植された人物が、心臓の持ち主であるギタリストの技能を受け継いでいたという、記憶移植の可能性に言及したエピソード。

 それらの事例から、角川は人という概念にとって「肉体」が不可欠という説へと邁進していく。



「記憶を失っていった私の妻。

 彼の娘も同様の傾向があった。


 だとしたら。

 我々の精神活動はどこで展開されているのか?


 脳なのか?

 どこにあるのか?

 魂、もしくは霊というものは存在する。その証明が、死後も私の前に現れた妻の姿というのは論証としては不十分かもしれない。



 しかしながら、私にとっては既定の事実だということをお許し願いたい。


 その霊が人の肉体に宿っている。

 そうして、生命としての「人間」がある。

 問題は霊と肉体の役割分担である。

 私はここで一つの仮説を立ててみた。



 霊の部分は「思考」を司る。

 肉体の部分は、その思考を支える「記憶」を司る。

 その記憶は「脳」だけでなく、肉体全体に分布する。


 いわば、コンピュータのCPUに当たる部分が「霊」メモリやハードディスクに当たる部分が脳を始めとする「肉体」ではないか、ということだ。


 もちろん、「霊」がそのアイデンティティを維持するため、そこにも多少のメモリ部分は存在するのだろう。


 だが、少しずつ衰えていく、妻の記憶。そして崩壊していく人格。

 それこそが、その証明なのではないかと考えたのだ。

 精神と肉体は不可分。

 決して、それぞれが独立して存在するものではない、ということだ。


 死の後、昇華の間にどれほど人として存在できるか、肉体を失い、記憶を保持することのできなくなった霊体が単なる念と化すのは五十日程度。


 あの男は言った。四十九日の日に、と。

 たった一つのサンプルからの事例ではある。

 しかし、仏教における四十九日という概念との奇妙な共通点は偶然だろうか?

 それは成仏のため、霊体に思いを残すなと諭す儀式である。すなわち、死から四十九日目が、成仏への最後のチャンスである、ということとしている。


 この関係をどう見るか。

 かつての宗教家たちは現代の我々以上に、『霊の何か』を知っていたのではないだろうか?


 ただ。


 深い怨み。

 これが天国への門を閉ざす原因であることは間違いないだろう」





 僕にはこれが事実なのかどうかはわからない。

 普通に読めば、ヨタ話だろうと思うだろう。


 だけど、今の僕には判断できない。

 僕の前にはたしかに先輩がいて。

 そして先輩の中から、確実に「記憶」はなくなっていく。

 なくなっていっている。



 なくなってしまったら、先輩は単なる怨念になってしまうのか?

 僕とのことを忘れていく先輩。僕は何を信じるべきなのか? こんな本なのか?

 いや、信じるとか信じないという問題ではないはずだ。

 カレンダーを見る。



 十月十三日。

 あれから何日たったのだろう?

 二週間以上はたっている。

 すると、あと三十日くらいか。



 それまでにヤツらを全員殺す。

 そうすれば、先輩は怨念なんかにならずにすむ。

 信じようが、信じまいが同じことだ。

 どちらかというと、タイムリミットができたということだ。

 僕は先輩の言葉を思い出す。



「犯人は四十九日の間に捕まえなきゃ、殺された人は成仏できないってことですよね」

「ええ。そうね。ミステリに応用すれば、犯人逮捕のタイムリミットができるわね」



 そういうことだ。

 僕はその本を閉じた。


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