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眠れぬ夜と灰色の朝。  作者: 阿月
18/35

ここにいる。

 ミニストップ一社駅前店は大きな交差点の角にある。

 隣が地下鉄東山線一社駅の改札口という立地で客の数は極めて多い。

 僕は毎晩、ここへ来ていた。

 店に入るのではなく、ぼーっと店の前で客を見ている。

 手掛かりは白いオデッセイぐらいだが、もう一度ヤツらがここを訪れる可能性は充分にある、と思っていた。


 もう一つの手掛かりである、近藤法律事務所については、あまりよくわかってはいない。ネットで名前を検索してみると、オフィシャルホームページとともに、名古屋行政監視委員会という仰々しい団体が掲げていた「新駅開発に関する土地収用疑惑_」という文章の中にその名前を見つけることができた。そんなところに名前が出てくる時点で、ちょっとまっとうじゃない雰囲気を感じる。

 一応、今度の週末には事務所の入っているビルの前くらいまでは行ってみるつもりだった。


「今日も来ないね」

「ええ」

 僕は傍らの先輩にそう答えた。


 ちなみにピザ屋のある駅はここから一駅。

 まあ、車ならすぐ、と言っていい。

 少なくとも、この周辺がヤツらの生活圏内というのは間違いない。

 だからここで待っている。

 今日で四日目。

 それらしい連中は来ない。

「そろそろ動いてみますか?」

「うん」



 僕たちはコンビニの前を離れた。そして近所のゲームセンターへと向かう。

 ここ何日かの定期ルート。

 ゲームセンターは子供たちで賑わっていた。

 僕はその中をわけいっていく。



「馨じゃないか」

 いきなり、声をかけられた。振り返るとそこには見知った顔がいた。

 制服をちょっとだけ着崩した姿は、一年前まで同じ教室で机を並べていた同級生、沢渡達也。小中と何度か同じクラスだったため、顔も人となりもよく知っていた。

 僕なんかよりも成績が格段によかったため、県内有数の進学校である菊川高校へ進学した。結果、付き合いは疎遠になった。と、疎遠になる程度の付き合いだったと言えば、まあその通りだ。

 別に一緒になってどこかへ遊びに行くっていうレベルの友達ではない。



「どうしたの? こんなトコで」

「いや。まあ、ふらふらっと。高校で知り合ったヤツがこっちの方なんで」

「そっか。今は一人?」

「ああ。まあね」

 本当は一人じゃないけど、そう言ってもわからないしな。

「相変わらずだよな。そのいっつも一人で行動するトコなんて。昔っからそうだよ」

「いいじゃないか」

 僕は笑って答える。まあ、否定できないしね。

「沢渡は? おたくのことだから、一人じゃないんだろ」

 沢渡は男女問わずの人気者だった。明るくて、そして軽くて。肩の力を抜いて馬鹿騒ぎできるヤツだった。だからこそ、みんな沢渡の周りに集まった。本人も誰彼かまわず親しげに声をかける。正直、他人との距離を置きつつ付き合っている僕みたいなヤツにでも。きっと今でもそういうポジションにいるんだろう。

「まあね。今日は先輩たちと来てる」


 

 そう言って親指を立てて指し示す。

 七、八人のグループが一つのゲーム機を囲んでいた。


「!」


 叫び声が上がった。

 一瞬、僕はその叫びに反応して振り返った。

 先輩の顔が引きつっている。


「おい? どうかしたのか?」

 沢渡が振り向いた僕の視線を追う。

 だけど、沢渡にはわからない。沢渡には何も見えない。


 僕は慌てて顔を戻す。

「いや、誰かに呼ばれた気がしてさ」

 苦笑いしてごまかす。


 そんな僕の脇を先輩が駆けていった。

 そして、沢渡たちのグループに殴りかかっていった。


 まさか。

 先輩の拳は届かない。まさしく空を切っていた。

 だけど必死に。泣きながら。

 先輩は殴り続けていた。

 殴られている連中は何も感じず、ただ、楽しそうにゲームに興じていた。



 そして僕は。

 そいつらが追い求めていた復讐の相手だということを理解した。



「あの人たちは高校の?」

「ああ。生徒会のメンバーなんだよ」

「生徒会?」

 エリート高校の生徒会、というにはこのゲームセンターはずいぶん不似合いな場所のような気がする。



「ふうん。菊川の生徒会っていうともっとこう、さ。こういうトコとはイメージ違うんだけどさ」

 そう言いつつ僕は見定める。


 先輩が泣きながら殴りつけているヤツら。先輩は言っていた。「四人」と。

 思い出す。あの時の廃工場の人数。

 だけど、高校生?


「まあな。菊川の、それも生徒会だからね。でもそれがあの人たちのいいトコでさ。みんな東大、京大クラスを狙っているのに、こうして俺らと一緒にこういうトコにも来ちゃうんだよ。だから皆に慕われてるのさ」

「ふうん。勉強ばっかのエリートじゃないわけだ」

「そうよ」

 沢渡がまるで自分のことのように胸をはる。

 僕はその言葉を冷たい氷の塊に刻みつける。



「座っている人がいるでしょ。あの人が副会長の瀬島さん。格闘ゲームなんてもう流行らないんだけどさ。とにかく好きなのよ。で、ああして夢中になるんだよね」

「格闘ゲーム……ね。僕も好きだからねぇ。そう馬鹿にもできないよ」

「馬鹿にしているんじゃないよ。人間何か夢中になるものが一つくらいなきゃね。でも成績は学年で十本の指に入るんだぜ」

「へえ。あっちの人は?」

 その中で一番理知的な表情をしている男を選ぶ。



「ああ、近藤さんか」

「近藤さん? あの人が会長じゃないの?」

「お。何でわかった?」

「いや、何となく。雰囲気が、こうリーダーシップの塊、みたいな」

「あの人はすごい人でさ。学年主席なんだぜ。スポーツも万能。で、お堅いかと言えばそうでもないんだ。こういう場でも平気、というか結構遊び慣れてるというか。カラオケ行くとすげぇうまいの。女なんかそれで一撃よ」

「へえ」

 近藤……。近藤法律事務所……?

 そうだ。あそこを管理していたのが……。



「あとは会計とか書記とか_?」

「ああ。近藤さんの隣の人が春山さん。会計やってる。ESSの部長もやってて、英語ぺらぺらなのよ。留学も何度か行ってて、遊びはちょっとアメリカンって感じ。実は一度だけ、車に乗せてもらったことがある」

「車?」

 こいつら……車を使える? と、すると間違い……ない。


「そう。家のを無断で持ち出したらしいけどさ。オデッセイ。運転はアメリカで覚えたらしいぜ。向こうじゃ高校生だって車で学校行くらしいしな」

「ふうん」

「で、あっちの春山さんの隣で笑っているのが松岡さん。あの人は書記。顔が広くてね。あの人。他校にも知り合いいっぱいいてさ。よくあちこちの学校の連中集まってイベントやるときは、たいがいメインスタッフやってる。根がイベンターって感じ」



「凄い人ばっかじゃん」

「だろ。後はみんな後輩とか。先輩たちを慕って集まってる連中さ」

「ふうん」

 名前と顔を刻みつける。

 元々、記憶力に自信がある方じゃないけど、今は別だ。意地でも忘れない。



 先輩が僕に向かって叫ぶ。

「こいつらだよ! こいつら!」

 僕はその叫びに答えない。



 今は、出直すべきだ。出直して、確実にしとめる。



 一人残らず。



「ま、面白い話が聞けてよかったよ。そろそろ行くわ」

「そか。木村たちにもよろしくな。あいつらともあまり会えなくてさ」

「ああ。伝えとく」

 僕らは手を振り合って別れる。

 店を出た僕の前に先輩が立ちはだかる。

「あ、あいつらよ。あいつら。なのにあたし……何もできなくて」

 泣いている。悔しさから。

 ただ、ひたすら泣いている。



「先輩」

 僕はささやくように語りかけた。

「あいつらの名前がわかりました。学校も」

「え? 馨くん……いつの間に」

 先輩は顔を上げた。

 涙でくしゃくしゃになっている。

「だから、ここからは慎重に行きます。そして」

 僕はさらに声をひそめた。

 

 

 

 

 


「僕が全員殺します。だから泣かないでください」


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