彷徨。
それからしばらくのことを僕はあまりよく覚えていない。
みっともなく泣き続けたらしいことはたしかだった。
葬式には何とか参列したけど、それでもどうにもならなかった。
悲しみ。
そして、怒りとやりきれなさ。
そう。
先輩は殺されたのだ。
発見されたのは美術館の裏手だった。
乱暴されたあげく、顔や体がナイフでズタズタに切り裂かれていた。
そして、ゴミのように打ち捨てられていた。
先輩の葬式、先輩が煙となって天に上った日の翌日。
その日から僕は美術館に来ていた。
裏手の現場はいまだに立ち入り禁止になっている。
だから僕は、美術館の敷地をとにかく歩く。
通る人、一人ひとりをじっと見つめながら歩く。
そして、植え込みの影や、ベンチの下。駐車場の隅。
あらゆる所を見て歩く。
それを何度繰り返したことか。
先輩は学校帰りに襲われた。
しかし、この美術館は学校からも、先輩の家からも遠い。
車を使うしか有り得ない。
先輩が自転車でここまで来る、という選択肢は有り得ない。
可能性を否定するのは愚かなことかもしれないけど、あまりに非常識な選択肢は外しておくべきだろう。
車を使って誘拐されたのは間違いない。
だとしたら、どこに駐車したのか。
その車は何なのか?
車を使っている、ということは大学生か社会人?
それとも無免で乗り回しているヤツなのか?
何か。
何かないのか?
日が暮れたら、今度は周囲のゲームセンターやファミレスを回る。
それっぽいヤツがいないか?
見てわかるわけなどない。
ただ、歩き回って何かがつかめるなんてことなどない。
わかっていて。
だけど、そうせざるを得なかった。
そのまま、部屋にいたら。
僕は自分で自分が許せなかっただろう。
先輩が殺されたとき、僕は何をしていた?
ただ、のんびりと曲のアレンジをしていただけだ。
何かに気づくこともなく。
ただ。
先輩が乱暴され、絶望の淵にあった頃、僕はただアレンジをしていた。
それが許せない。
そんな自分への罰としても。
これはやりとげなくてはいけない。
どんな小さな可能性でも拾わなくちゃいけないんだ。
気が付けば僕はゲームセンターで寝ていた。
誰もいない早朝のゲームセンター。
ただ、電子音だけがむなしく響いていた。
体を起こすと筋肉がきしむ。
無理矢理動かして自動販売機へ。
そしてコーヒーを買う。
さて、次はどこへ行く?
ぼうっとした頭を抱えて歩き出した。
まずは、美術館だろう。
そして、また一日、歩き続けたにもかかわらず得られたものは何もなかった。そして疲れ切った体は悲鳴をあげる。
「僕はどうすればいい?」
誰も答えない。答えてくれない。
先輩が隣にいてくれた時間はもう帰らない。
ふらふらと歩く僕の前に、一人の男が立った。
「馨。気がすんだか?」
「父……さん」
父さんだった。
僕を探しに来たのか。
思わず膝から力が抜けた。
倒れる。
倒れまいと足に力を入れようとしたが、意思は届かない。
だけど、父さんの手が僕を支えた。
「気がすんだか?」
「ま……まだ」
僕の言葉に父さんは大きくうなずいた。
「わかった。じゃあ、一度家に帰るぞ」
「いや、だけどまだ!」
「その体でどうする気だ。メシを食って、一晩寝て、また始めろ」
「でも……」
「守れなかったことを後悔するのはいい。だけど、仇を取るにもその体でどうする? 返り討ちにでもあったら佐藤さんは余計に悲しむぞ。男だったらそのくらい考えろ」
そう言って強引に車に連れ込まれた。
足として使っていた自転車はリヤシートを倒して無理矢理積み込まれた。
「さ、行くぞ」
車が走り出す。
景色が流れる。
町は、先輩の死も何も関係なく、普段と変わらない姿を見せる。
僕はそれが無性に悲しかった。
そして、また泣いた。
父さんは何も言わずに車を走らせた。




