ジルとの戦い
明日は更新を休みます。
申し訳ない。
「ああ」
その彼の返事を聞くと同時、鞘から剣を抜き放つ。
――そしてその鞘走りの音を合図に、ジルが一歩を踏み出す。
後二歩で、相手の槍の間合いに入る。
それに対して俺は、何も出来やしない。
当然だ。
俺がやってきたことなんて、リフィアの動きを身体に記憶させることだけ。
相手の攻撃に対する防御方法など、経験が物を言うことなんて何一つ出来ない。
後一歩――
だから今……俺がすべきことは……。
――間合いに、入った。
身体が瞬時に動くよう、全ての思考を戦闘以外に持っていくことだけだ。
放たれるジルの槍。
身体の中心を狙ったそれを、魔力で強化した剣で受け、少しだけ軌道を逸らしながら躰を回転させ、横へと躱す。
そんな、無意識に動く自然の動きに追従するかのように、ジルは横薙ぎへと軌道を変更する。
全力で刺突を放ってきた人間の動きとは思えない。
おそらくはこれも魔法の一種だろう。
大方、身体全体に魔法を作用させることで、筋肉を痛めることなく、普通の人間では多少無理な動きでも、実行できている。
そうして迫る横薙ぎはしかし、リフィアの本能は読んでいたのだろう。
こちらからさらに一歩、前進する。
横薙ぎによる攻撃は遠心力を利用した打撃だ。
そこで一歩踏み込めば、威力は半減するだろう。
まして相手の攻撃は魔法を使っての無理矢理な横薙ぎ。
元々の威力がそこまで高くない。
手に持つ細身の剣で受け、槍に滑らせるようにしてさらに一歩。
これでこちらの間合いにも入った。
「……ふっ」
刹那、ジルは槍から手を離し、こちらに向けて肩から突撃してくる。
ゲームなんかで見たことがある。
崩撃……と言ったか。
両肩という硬い部分での攻撃。
それも魔力を乗せて、だ。
隙だらけになるだろう背中を見せる攻撃だが、それでも魔法がある彼にとっては、そんなもの隙にすらならないのだろう。
さすがに、武器から手を離すとは予期していなかったのか、リフィアは一歩退く――と同時、離していたはずの槍が、いつの間にかジルの手元へと戻っていた。
「っ!」
思い返せば、手を離した後の槍は万有引力に則り地面へと吸い込まれることなく、その場に留まっていた。
……冷静になって考えれば、魔法で遠くのものを引き寄せることだって出来る世界だ。
空中に浮いたままにしておくなんて訳ないのだろう。
「ふっ!」
その握った槍を片手に持ったまま、前足を軸にして全力で振り回すような横薙ぎを放ってくる。
今度は迂闊な防御をすることは出来ない。
長さがある上に軸足からの回転力も乗せた攻撃だ。
最早穂先に当たる当たらないの次元じゃない。
棒の部分が当たろうとも骨が粉砕してしまうだろう。
その攻撃をどうやって避けるのか……後ろに避けるのか受け流すのか……なんて俺が考えている間にも、勝手に身体は動いてくれる。
その振り回すような攻撃を読んでいたかのように、こちらに攻撃が届くよりも疾く、リフィアの刺突が武器を持つジルの後ろ肩に突き刺さった。
「っ!」
それにジルが少しだけ顔を歪ませる。
だが手には突き刺さったような感触が伝わらない。
おそらくはちゃんと魔法で防御したのだろう。
しかしそれでも、少しだけ槍の軌道がブレた。
尤もそれだけで攻撃を防ぎきれるとは思えない。
……そう思っていたのに、リフィアはそのブレた隙を逃さない。
軌道がブレるということは、力の伝わり方が悪くなるということ。
そしてそれは槍という長物ならば、先端に行けばいくほど影響を及ぶ。
手元では一瞬でも、穂先に再び正確な力が伝わるまで、一秒に近いコンマ秒の時間を要してしまう。
その生じた隙を、刺突を放った際一直線になった身体を利用し、左手で穂先を下から弾き上げ、さらに軌道をブレさせる。
そしてその影響は、今度は手元に伝わってしまう。
ここにきて、ジルが威力を優先して片手でしか武器を握らなかったことに対する影響がきた。
おそらく、この力のブレを抑える手段はある。
リフィアがやっているように、魔法で武器を固めてしまえばいい。
だがそれを、リフィアは肩を刺すことで、不可能にしてみせたのだ。
そうして両端からブレを生じさせた遠心力の乗った攻撃を、リフィアは前後に開いた両足をさらに開いて躰を沈め、頭上を通過させて避ける。
……巧い。
自分の身体ながら、その勝手な動きに素直に感心してしまう。
――そんな間にも、リフィアが沈んだ身体をバネのように利用し、刺突を放つ。
「ぐっ……!」
その刺突は魔法での防御が間に合わないと判断したのか、ジルは身を捻るようにして躱す。
……瞬間、脳裏をよぎるのは午前の訓練の時。
リフィアの動きを俺の記憶に沁み込ませている時の、その動き。
躱され、刃がジルの後ろに回ると同時……刃に宿らせていた魔力を解き、手首を捻り、刃を撓らせ、魔力で固定――そのまま身体を引き、その背中に刃を突き刺した。
「なっ……!」
痛み、よりも、衝撃のほうが大きかったかもしれない。
魔法の防御をすり抜けるような攻撃。
どういう意図があって、あの手首の捻りがあるのか分からなかったが……こういうことだったのか。
固定化する魔法を利用に、こんな使い方があるだなんて。
まさに防御不能な攻撃だろう。
魔法で容易に防御が出来るからこそ、防御を破るか掻い潜るための攻撃が必要になる。
それをジルは不意を衝く攻撃で行い……リフィアは背後を衝く攻撃で行った。
これはその差だ。
「……さすがに、やるな。さすがリフィアだ」
距離を取り、槍を構え直して褒めてくるジル。
「…………」
そんな彼の言葉に、俺は無言のまま剣を構えた。
◇ ◇ ◇
……いや、無言のままでいるしかなかった、が正しいか。
リフィアの本能を十全に使わせるためには、俺の意識は別に向いていなければいけなかった。
こうして戦っている間、ずっと戦っているリフィアに意識を向けてしまっていると、いつか俺が反応して身体を固まらせてしまう。
ジルを相手にそんな大きな隙、生み出す訳にはいかない。
だから俺の意識は、ずっと別に向いていた。
……ジルがいるということは、もう一人、必ずある存在がいる。
その子は、俺とジルが戦いを始めれば、間違いなくジルに加勢していたはずだ。
その、ジルのストーカーさんは。
でも、それが無い。
どうしてか?
簡単な話だ。
それこそが、俺が意識を別に向けることになっている要因。
……そう。
そのストーカーの足止めを、マリンとカシェルがしてくれているのだ。




