始まる戦い
「……いきなり臨戦態勢ってのは、ジルらしくもなく穏やかでもないな」
「……僕としても、本当にあなたが来てほしくは無かったんだけどね」
「本当に? それはつまり、誰かに“ここにリフィアが来る”って教えられたってこと?」
「…………」
その無言が肯定を意味している。
真面目な彼らしいミスだなと、何となく思った。
「それで、それが誰かまでは……」
「それは、僕でも分からない」
「分からない?」
「ああ。夕刻、姿を見せないままに、メッセージを残してきたんだ」
そう言って、一枚の紙をこちらに投げ渡して来る。
そよ風を発生させる魔法を使ったのか、投げた直前に小さく口が動くのが見えた。
「…………」
ペラペラの紙が一枚、地面に落ちること無くて手元に届く。
紙飛行機でもこう上手くはいくまい。
それにしても、こちらに少しでもバレたからと言って、ここまで全てを打ち明けてくれるなんて……騎士を目指す彼らしい。
しかし、こうして紙を渡してもらって申し訳ないが……俺はこの世界の文字が読めないままなので、結局それが本当にこの時間にこの場所に俺が来ることを告口しているものなのかどうかは分からなかった。
「リフィアがここに来る目的までは書いていない。が、ここに来ることは書いている。それが当たっていた理由と、どうしてこの時間にここに来たのかの理由……今度は、そちらが説明してもらいたい」
「説明してもらいたいって言われてもなぁ……」
このメモが当たっていた理由なんて、俺にだって分からない。
誰かが俺達四人の会話を盗み聞きしていたのだろうが……それをジルに教える理由はなんだ?
いや、ジルに解決して欲しいから教えたのかもしれないが……それならそれで、ララが魔物だということを教えない理由も分からない。
途中から聞いて、その途中からの情報しか教えていない……?
……それならそれで尚の事分からなくなるが……。
何にしても、俺に分かるはずがない。
そして、俺がここに来た理由だが……ララが魔物だということを教えないとなると、説明なんて出来やしない。
「……生憎と、説明できないんだ」
「…………どうしてだい?」
「それが説明できるんなら、説明してるんだけど」
「……それは、尤もだ」
少しだけ下がっていた槍の穂先が、再び上がる。
「でも逆に聞きたいんだけど、ここでジルと戦う理由こそ、どこにも無いと思うけど?」
「……君は魔物と戦って勝った。そんな君が夜、魔法が使える訓練場で何かを企んでいる。もし……その先に戦った魔物を喚んだ原因が、君にあるとしたら?」
「それはあまりにも暴論過ぎるだろ」
「そうだね。暴論だ。ナーディアート殿が言っていたことだけど、僕もそう思う」
苦笑を浮かべるがしかし、やはり穂先は下がらない。
「…………」
自然、腰に差した剣の柄に、手が添えられる。
何故か戦いは、避けられそうもない。
「だから本当なら、キミと戦う理由なんて、どこにもない」
「それでも、戦う気満々っぽいけど?」
「ああ。……僕はリフィアのことを、ちゃんと信頼している」
「それなのに?」
「ああ。それなのに」
言って、戦う前とは思えない、柔らかい笑みを浮かべてくる。
「……僕が目指すのは騎士だ。騎士は、民を守る必要がある。そしてその民を守るためならば……他のものを全て、切り捨てる必要がある」
「……小を切り捨て大を救う、か」
「貴族は民に生かされている。だから貴族は、民を救わなければいけない」
「理想の貴族像だな」
「今の僕は、ここの生徒皆に生かされている。慕われている。だから……君一人のために、君のことに目を瞑ることは出来ない。……まだ君が、皆のためにやっていることを教えてくれたのなら、考えは変わったのだけれどね」
「そっか……それじゃあ、ジルの考えは正しい。なんせこちらは、皆のためじゃなくて、たった一人にために動いている」
その上その一人を助ける理由も、俺とリフィアが元に戻るためのヒントを得るためという、自分勝手な理由だ。
「周りを助けるために何かを犠牲にする……その覚悟を持っている人を酷いだなんて、俺は言えない」
「……理解してくれて助かる。極力、傷つけないようにはするよ」
「それは、こちらのセリフだ」
柄と鞘を結ぶ鎖を外し、剣を抜けるよう準備する。
「勝った気でいること、後悔させてやるよ」
「そんなつもりはないよ。ただ今、僕の中にあるのは……ナーディアート殿の戦いを止めた時の言葉が現実になったなっていう、それだけさ」
……思えばあの時、俺と彼は実践訓練の約束をした。
なるほど……こんな状況とは言え、確かにこれはその約束を果たすことになるだろう。
「それもそうだ。それじゃあ……戦闘訓練を始めようか、ジル」




