戦闘準備
作戦の詰め……と言っても、そんな大したことはしていない。
結局のところ準備のそのほとんどをララがしてくれていたので、後はそれを決行する上での障害が発生したなら排除するだけなのだ。
「でも……だからこそ、気になるの」
その時に言ったセリフを、マリンが再び口にする。
時刻は夕食も終え、入浴も済ませた夜の時間。
そろそろ明かりの魔法を消して寝ることになるだろう、鐘の音が鳴る少し前。
そこで同室の俺とマリンは、戦いのための準備をしていた。
「分かってるって。むしろ、そうして色々と気付いてくれるから、マリンにも手伝ってほしかったぐらいなんだし」
言って、俺はリフィアのベッドの下に隠してあった剣を取り出す。
ナーディアートと模擬戦をした時と同じぐらいの細身の剣。
鞘から取り出し振れば撓りを帯びる程に柔らかい刀身。
しかし魔法で強化せずともそれなりには硬い、金属の感触がある両刃のレイピアのような武器。
柄尻と鞘頭が一本の鎖で繋がれていたソレを、制服のベルトに差す。
手には馴染む指ぬきのグローブを嵌め……とりあえずの準備は整った。
胸などの急所の部分を固くしてくれている制服を脱ぐ理由はない。
何よりこの校内において、制服ほど身元を隠せる服は存在しない。
……最後の詰めを話している時に発した、マリンの懸念。
それは至って単純なこと。
ララがしている準備が誰かにバレ、警戒されているのでは、ということ。
もちろん、ララ自身は否定していた。
そんなヘマを自分がするはずがない、と。
確かにその通りだろう。
そもそも魔族が使うちゃんとした魔法を見極められる生徒が、魔騎士科でもない学科の生徒が分かるとは思えない。
しかしだからこそだと、マリンは言った。
臆病だからこそ、幾重にも警戒を強めてくれる彼女が。
魔傷石の調査をした貴族が気付いている可能性もあるのでは、と。
そう言っていた。
……訓練場は魔傷石の範囲ではない。
だからこそ、午前の自主訓練でも魔法を使って訓練を行うこと出来ている。
だから訓練場を探る必要なんてどこにもない。
だがララ自身が懸念していたこと――どうして魔物が学校に入ってきたのか――を、既に探り始めている貴族がいないと、誰が言い切れると言うのだろうか……?
既にそこに至り、魔傷石以外の場所の調査を始めていても、なんらおかしくはない。
むしろマリンは「そのことを意識させないために、ジルは俺を魔傷石の調査へと同行させたのでは?」とまで警戒していた。
……さすがにそこまでの考えがあるとは思えないが……だが、魔物と直接戦ったとされる俺に、貴族たちがどういった警戒心を抱いているのかわからないのも、また事実だ。
だからこその、戦うための準備。
実際、本気を出して戦う訳じゃない。
ただもし、そのララが準備をした場所に貴族が居た場合、何か大掛かりな魔法を使おうとしていたということは、既に向こうに把握されてしまっているということになる。
それではいくらララを見られぬよう逃しても、何か大掛かりなことをされそうになっていたと疑い続けられてしまうのは間違いない。
そうなればもし、その場は何事もなく逃げ出しても……次、ララがこの学校から逃げるためのタイミングが訪れるかどうか、本当に分からない。
街の中はこの訓練場以外、そのほとんどが魔傷石の影響下にある。
しかも学校とは違い、貴族がしっかりと管理している。
故に逃げたければ、在学中の今しかない。
それなのに、その数少ない機会を奪われ、それからずっとソレを成し遂げるチャンスが訪れないようになってしまっては、本末転倒だ。
謂わば貴族が居たとしたら、コレはララにとって、最後のチャンスになってしまうということに他ならない。
だからそう……貴族がいたら、戦って、傷つけて、後々俺達三人が魔物に加担したと明るみになるとしても……ララを逃がす。
逃げたがっている彼女を返す。
これは……そのための準備だ。
「にしてもだからって、こんなものまで準備あるとは思わなかったけど」
そう言って、ベッドの上に投げられていたものを拾い上げる。
顔を隠すためのマスク……のようなものだ。
口元を隠すための布と、目元から少し離れた位置をカーテンのように覆える薄い黒布。
それにしてもこの目元に掛ける布、どういった繊維なのか分からないが、外側からは薄っすらとした黒さがあるのに、見るための内側の視界は、ほんの少ししか暗くならないのだから素晴らしい。
どんな世界にも、暗殺するための道具は発達しているものなのだろう。
「それは……その、集中するために」
「買ったの?」
「ううん。わたしの地元で作られてるものなの」
「ほ~……」
なんか、こっちの世界でも似たようなの無かったっけ……? 既婚した女性は他の男性と目を合わせてはいけない、みたいな国。……いや、物語の中で読んだだけだったか?
まぁどちらにしても、マリンにとっては余計な情報をシャットダウン出来るから、より集中できるようになるのだろう。
狙撃手には狙撃手なりの集中するための拘りがあるものだと、それこそ物語の中で読んだことがある。
彼女が持つその弓と矢も、おそらくは同様だろう。
毎日欠かさずメンテナンスしているのを見ている。
近づかれた時用の短剣二本を腰に携え、矢筒をぶら下げて弓を背負ったその姿は、その臆病な性格に反して頼もしさを感じさせる。
リフィアに憧れたと言っていたマリン。
きっと彼女の横に並ぶために、必死に努力してきたのだろう。
その証が、雰囲気として、現れている。
何と頼もしいことか。
「まあそれじゃあ、ここまで準備が出来た訳だし……絶対に、しくじらないようにしないとな」
三角巾を小さくしたような布を口元に巻き、先程の目元を覆う布をおでこから装着し……消灯の合図となる鐘の音と共に、俺達二人は明かりを消した部屋を後にした。




