訓練前に
思い出そうとしたものの、全く思い至らなかった。
そもそも彼女とは、始めて会ったあの日以来、一度も会うことがなかった。
相手は一応貴族だし、そもそも学科自体からして違う。
マリンとですら、午前の自主訓練の時以外は、午後二つ目授業の訓練まで会わないほどだし。
いや、アレは訓練と言うよりかは地獄だろうか。
午後一番の授業を終えてから少しの休憩時間の後、体力作りのために見張りの教官付きで行うことになっているその授業。
まあ下級生だった頃、朝にやらされていたトレーニングと同じらしい。上級生になったらやらなくても良いという道理はない。
尤も、貴族達はその限りではないが。
「ここなら大丈夫かな」
「さすが、自称情報通」
人気はない上にベストな位置だ。
訓練場へと至る通路近くの空き部屋。
ここならこの後すぐ行われる、“しごき”の集合場所にも近い。
「それで、話ってのは? あの貴族様から逃がしてもらえたんだし、カシェルからで良いけど」
ほんの僅かしかない休憩時間だ。話をするならどちらかしか無い。
だったら、彼女からするべきだろう。
「そんな、リフィアからで良いよ」
「助けてもらったからあなたから。次また、話をしてもらえる約束さえしてくれればそれで良いから」
「でも……」
「こんな言い合いになってる間に時間が無くなるけど?」
「あ、うん。それはそうなんだけど……」
「確かにカシェルは地獄みたいなアレを受けなくて良いだろうから余裕あるだろうけどさ」
「いや、あたしも受けるんだけど……?」
「えっ? なんで?」
だって彼女は貴族な訳だし。
貴族なら、この後行われる地獄を回避することぐらい造作もない。
なんせ学校の決まりでそうなっているからだ。
とは言っても、何もしなくて良い自由時間が生まれる訳ではない。
それぞれの家から呼ばれる家庭教師がいるのなら、この時間をその勉強時間に充てる事が出来るというだけだ。
……まあ、権力を振りかざせば済む話なので、実質貴族たちにしてみれば自由時間みたいなものかもしれないが。
でも普通に考えれば、貴族は将来人の上に立つのだから、身体さえ鍛えていれば良いというわけではないのも分かる。
そのもらえる時間を、権力を振りかざすことで無駄にしなければ、きっと立派に知識を身につけてくれるはずだ。
「ううん、あたしも体力作りに参加するから。あたしの場合、家から家庭教師も来ないし」
それなのにカシェルはそれを受けないと言う。
苦笑いのような、困ったような笑みを浮かべながら。
その表情から発せられた言葉はまるで、彼女自身が貴族たることを拒絶してるかのようにも見えた――は、さすがに言いすぎか。
「それよりも話……だね。えっと……どこから話したら良いのかな……」
「あ」
「えっ、何?」
「今更だけど、敬語が無かったなって」
「ああ、良いって良いって。あんまりそういうの気にしないし」
「……………………」
……案外、物語から想像した、この俺の考えは……いや、コレ以上は野暮か。
ただ彼女からは、貴族特有の空気を感じない。
それで良い。
「っていうかリフィアが貴族相手に敬語使ってるの見たこと無いけど。ジグゼイル様相手にも使ってなかったんじゃない?」
「それはまあ……言われたらそうかも」
二週間経った今なら、多分明らかな目上の人が相手だと、中学生レベルの敬語ぐらいは使えるだろう。
が、同級生はもうその範疇じゃなくなっちゃったからなぁ……何というか結局、俺自身が「物語の中で演じてる気」なままだからだろう。
素そのものの俺なら、敬語っぽく聞こえるものの、自らを下に置いたへりくだりすぎた言葉遣いになってただろうけど。
「って、今はその話じゃないって」
「そっかそっか。ごめんごめん。なんか、話逸れちゃったか。という訳で話を戻すんだけど……実は、リフィアに聞きたいことが出来たの」
「そんなことだと思ってたよ、情報通さん。それで、一体何を聞きたいんだ?」
そこで一拍間を置いて――少し緊張しながらも、ソレを必死に隠すようにしながら、彼女はようやく、その聞きたかったのであろうことを、訊ねてきた。
「さっきの授業で言ってた、魔物への降伏勧告ってさ……どういうことか、教えてくれない?」




