カシェルの助力
たった一人の機嫌取りのため、全員が適切な授業を受けれていない。
いやそもそも、本当に俺の想像通り対人との争いを想定しているのなら、この授業は本当に何の意味も持たなくなる。
今回、貴族たちの授業に参加させられて得たものと言えば、事前に確認できる情報はしっかりと確認しておきましょう、という分かりきったことの復習だった。
「……意味ね~」
「はん! そりゃそうだろう!」
俺の独り言をどう思ったのか、ここに連れてきた張本人たるナーディアートは、鼻高々に恩着せがましく言葉を乗せる。
「一介の兵士にしかなれない平民のお前に、この授業は無意味だろうし、何より難しいだろうからな! なぁに、気にするな。それが当たり前なのだからな」
「あ、そ……」
呆れて反論する気も起きない。
なんて平和な日常だ。
「ふふっ……ま、コレで俺がどれだけ重要な存在か分かっただろう? もしお前さえ良ければ、これからもこの授業を受けさせて――」
「結構です」
バッサリ切り捨て、立ち上がる。
「――なっ……!」
いや、そんな驚愕されても……。
「ど、どうしてだ……!?」
「いやだって、意味ないんでしょ? じゃあ受ける意味ないじゃん」
「それは……っ! だがもし、ここで学べば、いずれ活用できる日が来るかもしれぬぞ?」
「そんな時は来ないから」
このレベルならまだ、フィクションの中のとんでもない作戦を立案している方が幾分もマシだ。
「じゃ」
「ま、待て……!」
手を振って立ち去ろうとする俺をさらに止めてくる声――
「はいは~い! ちょ~っとゴメンね~」
――を、遮るように、後ろの席から踏切を連想させるような動きで手が差し込まれた。
「ナーディアート様がリフィアにまだ話があるのは分かるけど、今回はあたしに譲ってもらえませんかね?」
背の低さを机の上に身を乗り出すことでカバーしている、まるで子供のようにも見えるその少女。
ちょうど、俺が授業の後に会おうと思っていた女子生徒、カシェルだった。
さっきの授業ではその背の低さから前の方にいたと言うのに、止めるためにわざわざ回り込んでくれたのか。
「なんだ? お前は」
会話を遮られたことが気に障ったのか、声のトーンが少しばかり下がる。
権力を笠に着るだけのヤツの癖に、こういう時はちゃんと「上に立つ者の空気」が出るから質が悪い。
「いえね、そこまでしてお誘いしたい気持ちは分かるんですよ?」
だがその雰囲気を感じ取っているのかいないのか、カシェルは物怖じせずに続ける。
「でも平民には平民のお仕事があるじゃないですか」
「それがどうした?」
「ここでその仕事を邪魔して贔屓して、もし彼女が今よりも弱くなったらどうするつもりですか?」
「どうするも何もないだろう。それが俺と何の関係がある」
「ナーディアート様が、彼女に負けたことが悔しくて相手を弱くさせてやろうと動いた、という噂が広がりかねませんよ?」
「はんっ、そんなもの。俺は気にしない」
結局人はお金で動く。
その考えが基盤にあるだろうナーディアートにしてみれば、人が離れることなんて本当に気にもならないことなのかもしれない。
「本当に……?」
でも、カシェルのその重みを乗せた一言に、一瞬言葉を詰まらせている。
「確かに、それもあなたの策略の一つだということには出来るでしょう。それで納得させることも、他の要素を併せれば出来るかもしれません。でも……ジグゼイル様はどう思われますかね?」
ジグゼイル。
彼の家柄を出されては、さすがのナーディアートも分が悪い。
お金で人が動くと思っているからこそ、権力が最も強い力だということも自覚している。
「…………チッ。分かったよ。確かにアイツが絡むようになると厄介だからな。下っ端商家の言葉を、今回は聞いてやろう」
「ありがとうございます」
ニコリと、作り笑いを浮かべて上辺だけと分かるお礼を言うと、彼女は俺の手をさらに身を乗り出してまで握ってきて、教室から連れ出してくれた。
「いや~、助かった。ありがとう」
教室から出てすぐ、お礼を言って手を離――
「ううん。困ってたみたいだから」
――そうとしたのに、離せなかった。
「それにあたしも、本当にリフィルに用事があるから」
「用事か……それはちょうど良いな」
「ちょうど良い?」
「こちらも、聞きたい事があったから」
「そっか……それは確かに、ちょうど良いね」
「うん」
「…………」
「…………」
「……えっ? なに?」
「いや、腕を離してもらわないと」
「あっ!」
指摘されるその瞬間まで、自分が腕を握ってまで俺を連れ出してくれたことを気付いていなかったようだ。
そんなに思いつめるほどの用事なのだろうか。
照れよりも慌てた様子を露わにしながら手を離してくれたカシェルを見つめながら、今更ながら彼女の用事について思い当たるフシがないかを思い出そうとし始めた。




