貴族様との戦い、決着
――瞬間、脳裏にある閃きが過ぎった。
余裕があるから色々と考えることが出来、身体が動いていた。
――では逆に、極限まで余裕を無くしても同じになるのではないか? と。
言うなれば、街中で突然刃物を突きつけられ、パニックになってしまうようなもの。
そんな経験一度も無いが、今まさにこの目の前の状況が、それに等しい。
“パニックになり過ぎて、現実逃避に等しくなり、戦いのことなんて考えていない”。
“頭の中が己の死で埋め尽くされ、ソレで埋め尽くされていることすらも自覚できず、ただ何も出来ないような状態”。
「……………………」
振り下ろされる刃。
尻もちをつき、男を見上げる俺。
それを客観的に頭の中で描く。
――そんな状況でも、身体は勝手に動いた。
手に持っていた剣を頭上に構え、相手の剣に当て――たと思うと同時、横へと流す。
「なにっ……!」
驚く貴族様の声は正面から。
“しかし、その顔は見えない”。
ただ分かるのは、自分はちゃんと、身体を動かせているということだけ。
足に力を込め、矢が刺さった腿の痛みを堪え、身体を器用に回転させ、その勢いを乗せた斬撃を放つ。
「くっ……!」
手応えはない。
ただ、さっきまで眼前にあった“人がいた気配”が消失した。
それを把握した訳ではないだろう。
元々の予定だったのか、俺の身体はさらに回転を加え、腕を使って跳ねるように飛び上がり、しゃがみ込んだ状態で着地した。
「貴様……! それはどういうことだっ!」
遠くから聞こえる貴族の声。
その場所がどこか、と俺が思考するよりも速く――身体が動いていた。
風の感触が肌を切る。
しかしそれも一瞬で、身体を止めたと思った頃には、腕が振るわれ刃物がぶつかり合う音が響いてきた。
「目を閉じるだと……!? お前はそこまでして俺をコケにするつもりかっ!?」
――そう。
与えてくる情報を――戦いに依る情報を、失くせばいい。
そのために俺は、目を閉じたのだ。
「ふっ……お前の動きは余計なことを考えさせるからな。コレでちょうど良い」
挑発混じりに、俺は言葉を紡ぐ。
「なぁに、コレで負けてもお前の責任にはしないし、死んでもそこまでってことにしてやるさ」
その言葉をキッカケに、再び貴族様を圧倒しているのが分かる防御音が、瞼の向こうで聞こえてくる。
俺の思考は全て、リフィアの動きを邪魔している。
さっき大きな隙を見せた時、俺が何も考えていなければきっと、とっくにカタが着いていた。
なまじ、敵が弱すぎるのがいけない。
戦闘素人の俺でも分かるぐらいの大きな隙が発生してしまうから、俺の思考もそこへと向いてしまう。
結果俺が身体を動かそうとしてしまい、それまでのリフィアとは違う動きになり、醜い素人の攻撃になってしまう。
だから、目を瞑った。
音と気配は分かる。
しかし見えないから、それが正しく反応できてるかどうかなんて分からない。
その結果、この身体が自動でその気配に反応する。
俺では朧気にしか分からないから、反応なんて出来ない。
だけどリフィアは違う。この身体はそうじゃない。
その朧気に分かる相手の気配に、圧倒できる程の強さがある。確信を持って言える。
だから、全てを委ねる意味も込めて、目を閉じた。
……ただそのせいで、決着がどうなったのか見えなかったのが、少し残念だった。
あらゆる攻撃の群れを浴びせる中放った最後の一撃は――剣を振り下ろし、敢えて魔力を込めず刃を撓らせ、相手の剣を通過した後魔力を込めた……のだろう感覚が、手に伝わってきたのが、分かっただけ。
そこから身体が動きを止めたので、目を開けてみると……相手の鎧の隙間に刃を入れ、後一突きすれば貫くほどの距離で切っ先を停止させている、そんな状況だった。
魔法を使っても防げない距離。
皮膚一枚――ではなく、軽く肉に刃を埋めて、一筋の血を流し、相手が震えて動けなくなっている、そんな状況。
「……降参するか、貴族様?」
俺のその勝利宣言に喜びはなく……あったのは、ただの安堵だけだった。




