貴族様との戦い(4)
……しかし?
違う。
“当然”だ。
なんせ頭ががら空きだと思った瞬間、この身体はリフィアの操作ではなく、俺の操作になってしまったのだから。
がら空きになった頭上を“狙った”。
それは怒りや別の思考に染まっていない、確かな俺の意志。
だからその動きは先程までの――リフィアだった頃の精細さとは程遠い。
重心の移動も狙う軌道もバラバラで、威力も速度も半減以下になってしまっている。
悔しい……!
相手は警戒して防御してくれたが、もしこの男以外が相手だったなら……反撃に遭い、負けていた。
「くっ……!」
こちらが振り下ろしたその刃には魔法も宿されておらず、貴族が頭の上で横に構えた大きな剣で受けたその瞬間、こちらの刃が撓った。
偶然にも、その撓った刃が元に戻る勢いで、下手になった攻撃の隙を衝き距離を取ろうとしていた貴族の額を掠め、小さな傷を作ることは出来た。
が、そんなものに意味はない。
「無様だなっ!」
その言葉通り無様に剣を振り下ろしたこちらへ追撃することなく、貴族様はバックステップをし、身体を滑らせるよう着地しながら俺を嘲る。
先程までリフィアの攻撃を受けるので精一杯だったようには思えない。……まあ、コチラが何か企んであんな攻撃をしたのかと勘繰ってくれたのか、反撃ではなく距離を取ってくれたのはありがたいが。
「さっきまでの攻撃のキレはどうした? よもや、今更調子が悪くなったとか言い出すまいな?」
事実なのだから言ってやりたいが、そういう訳にもいかない。
「なぁに。ついお前を殺しそうになったから、躊躇ってしまっただけさ」
答えながら、冷や汗が頬を伝う。
……簡単なことだ。
再びこの男に対して、真っ直ぐに怒りを持てば良い。
自分の思考なんて無くし、本能の赴くまま身体が動く状態に持っていけばいい。
それだけで次は勝てる。
これからも負けはしない。
……簡単なこと……のはずなのに……出来ない。
……いや、理由なんて分かっている。
怒りなんて感情、そうそう長持ちするものではないからだ。
もしコレが親の仇を相手にしているとかならば、ずっと怒り続けることも出来ただろう。
しかし実際は違う。
コレはただの訓練で、目の前にいる相手に怒っていたのは卑怯な手を取られたからなだけだ。
そもそも、魔法のことに意識が向いた時には、とっくに怒りなんてものを感じていなかった。
……この戦闘前は、平然と、何も考えず本能のままに体を動かせば良いなんて楽観的に考えていたが……それがどれほど難しいことか。
俺みたいに色々と考えてしまうのなら、尚更だ。
せめてこの“色々”を、さっきまでの魔法のことなど戦いとは別の方向に持っていけたならまた大丈夫なのだろうが……。
「ふんっ。原因は分からんが調子を崩した癖に、口の減らない奴だ」
自分の思考なのに自分で制御できないなんて。
……いや、人間なんてそもそもそういうものだ。
さっきまでは余裕があったから、別のことを考えられただけ。
でも今は、そんな余裕なんて微塵もない。
「ま、そこまで言うのなら――さっさと仕留めてやろう」
剣を上に持ち上げて、貴族様がその場で強く“踏ん張る”。
何か来る……! と考えると同時、マンガのあるシーンが脳裏をよぎる。
ほぼ地面と水平に飛ぶことにより、一息にこちらとの間合いを詰める、そのシーンが。
「っ!」
それが今、目の前で再現され、貴族がその己が持つ大剣の間合いまで、一息に詰めてきた。
最初にリフィアがやってみせたのと同じだろう。
最早瞬間移動と言っても差し支えがない。
「ぐっ……!」
地面を滑りながら振り下ろそうとするその剣筋から逃れるため、さっき目の前の奴がやったように、バックステップをして距離を開けようとする。
――が、一歩にも満たない距離を離れたところで、無様にもこけて尻もちを付いてしまった。
ああ……くそっ。
どうして気付けなかった。
今俺の脚は、矢が刺さっている。
そして何より、目の前の貴族様はムカつくやつだけど……俺とは違って“戦える”奴だ。
奴が出来たからといって俺だって出来るなんて考えは、間抜けにも程がある。
身体の動かし方を知らないと、俺は何度自分の中で思考していた。
それを忘れて……着地に失敗して……こんな……!
「ははっ! なんだ、その無様な避け方は」
しかし偶然にも、距離はちゃんと開けることが出来たので、その重量と駆けてくる勢いを乗せた振り下ろす斬撃は、当たらなかった。
笑いを堪える気の無いニヤつきを貼りつかせた顔で見下されてしまったが、殺されなかっただけマシだ。
「今頃になって俺に怯えたか。ま、仕方のないことだ」
言いながら、再び剣を持ち上げる。
それをただ、黙って見ていることしか出来ない。
これからトドメを刺されると分かっていても、何も出来ない。
魔法使えない俺はきっと……ここで、殺される。
「それじゃあな……嘘つき」
だけど、恐怖はなかった。
だから俺は、その迫る刃は……ただ静かに、ゆっくりと流れているように感じる景色の中、ジッと見つめていた。




