貴族様との戦い(3)
「ふっ、強がりやがって」
嘲笑を込めた言葉を吐き捨て、手を前に突き出して何やら言葉を唱える。
――刹那、彼の周りに青白いオーラのようなものが顕れる。
「テメェは魔法準備をしなくて良いのか?」
なるほど。あの状態が魔法を使う準備をした状態、ということか。
しかし生憎と、俺には魔法の知識はない。
「馬鹿か、貴族様。必要ないって合図だよ」
だから不敵な笑みを浮かべ、苛立ちを少しでもぶつけるように挑発してみせる。
言うまでもなく、使えない、ということを誤魔化す意味合いが主だが。
「ほほぅ……さすが魔物討伐者だな。だがその引くに引けなくなった嘘が……お前を殺すことになるぞっ!」
挑発に乗ってきたのが分かる怒気を孕んだ言葉をこちらにぶつけ、貴族様が武器を構えこちらへと駆けてくる。
対して俺は脚を怪我してしまった以上、向こうからの攻撃に対して反撃するしか手立てはない。
だから正眼に構えたまま、切っ先を相手の喉元へと合わせる。
……いや、正確には自然と合わさっていた。
身体に残るリフィアの経験が、そうさせている。
だからここは……リフィアの邪魔をしないために、俺はどんな思考もしてはいけない。
今の俺には、何も出来ないのだから。
ただ、頭を真っ白に――いや、違う。
あの貴族様への、怒りだけに――
「っ!」
意識すればするほど、人は何かを意識してしまうものである。
だから、意識しない、ではなく、敢えて一つの意識へと絞り込む。
構えを取った理由だって、矢を射られたことによる怒りだった。
怒って、それだけに染まったから、身体が自然と構えていた。
ならばそのままでいることこそが、身体を反射で動かすための条件。
敵は重い防具と大きな剣により、動きが遅い。
扱い慣れているはずのその長剣を、下段の構えのままこちらへと向かってきている。
それなのに、遅い。
リフィアはその隙を衝くつもりなのか。
前にあった矢が刺さったままの右脚を後ろに下げ、前に出た左足で踏み込み……一息に、距離を詰めた。
景色が流れ、気がつけば貴族の驚くような顔が近付いた。
「…………え?」
その間抜けな声が俺の耳に届く頃には、俺の右腕は突き出され、その剣の切っ先が喉元へと突き刺さっていた。
まさか一撃……!?
……いや、違う。
人を刺したことはないがこの感触は、違う。
何か壁を押しているような、そんな感触が手に伝わる。
喉元には鎧の類は何も無い。
剥き出しの皮膚がそこにあるだけ。
……だけど、よくよく見てみれば、切っ先と皮膚の間には、青い小さな点があった。
「っ!」
それを確認すると同時、再び景色が流れる。
着地させた左足をそのまま軸足とし、身体を回転させ、武器を左手に持ち替えて、遠心力を乗せた回転斬り。
撓るほどの刃をそれほどの勢いで振り回しては、受けられた瞬間こちらの刃が折れてしまう。
そんな心配事はしかし、刃に纏われた例の青い輝きが見えた段階で、大丈夫なのかも、という気持ちへと変貌した。
そしてそれは正しくて、光を纏った刃は、剣を片手だけ放し守りに入った貴族の鉄腕具で弾かれたものの、傷一つ付いていない。
それを見て、何となく把握する。
これがこの世界の“魔法”なのだと。
おそらくは、強度を上げるとか防御力を上げるとか、そういった類の魔法。よくある強化の魔法だろう。
コレをこの世界の人間は、身体に纏ったり武器に纏わせたりすることで、鎧を必要とせず戦ったり・強度の低い武器であろうと使い回したりすることが出来ている。
だからと言って鎧が不要かということ、そうではない。
目の前の貴族が装備しているのが何よりの証拠。
威厳があるように見えるといった目的も確かにあるだろうが、もし魔法による防御が間に合わない場合、鎧が無ければそれだけで終わってしまう。
現に今のリフィアの攻撃に、貴族は魔法で対抗出来ていなかった。そこに腕具が無ければ、腕を切り落とされてしまっていただろう。
多分、この魔法は防御力しか上げられない。
武器に用いたからといって斬れ味が増すといったことはない。
だから鎧も、上等な武器も、ちゃんと意味がある。
そんな思考を巡らしている間も、俺の身体は勝手に動き、貴族へと連続で斬撃を浴びせていく。
それら剣戟の群れを、時に魔法で防ぎ・時に腕具や鎧で防いでいく貴族様。
両手で握らなければいけないあの大きな剣から片手を離し、指先をわちゃわちゃと動かしている。
その妙な動きに疑問を感じながらも……ついに貴族様が、その大勢を大きく崩した。
斬撃刺突の群れに圧倒され、足をガクンと崩した。
誰が見ても分かる。
頭上がガラ空きだ。
そこを狙って俺は、剣を振り下ろした。
「……っ! くぅっ!!」
しかしその俺の攻撃は、あっさりと防がれてしまった。




