79章 種明かし―――-0:25:00
駅舎から約二キロの郊外まで連行され、停車中の政府専用車に乗せられる。運転席側のドアにはトレードマークの紋章。車体全体が青と白で上下に塗り分けられていた。
「座れ」
言われるまま運転席の真後ろへ。役所の車らしからぬふかふかの座席。運転手は小柄で地味な女性だった。
そのまま無言で待っていると、数分後。助手席にベレー帽を目深に被った男性政府員が乗り込んできた。ドアが閉められ、程無く発車する。
「―――ベアトリーチェ・ニー」「はい」
助手席の男が芝居がかった口調で名を呼ぶ。その懐かしい響きに心臓が高鳴り、無意識に手を当てて動悸を堪えた。
「あなたは確かに冷血鬼畜の連続殺人犯だが、母親としては満点合格だ。因ってその真の愛情を讃え、ここに表彰します!」
くるっ!何処から取り出したのか赤い薔薇の花束を差し出し、緑色の瞳の偽政府員は満面の笑顔を向けた。
「母さん、六十回目の誕生日おめでとう!」「キム!!!」
同乗の二人を無視して息子を抱き締める。熱いぐらいの体温、数年来気に入りのシャンプーの香り、間違い無く本物だ。
やがて急な右カーブに差し掛かり、私から腕を離す。受け取ったばかりのプレゼントを両手に抱え、席に戻る。
「ご、ごめんなさい、嬉しくてつい」目線を右側へ向け、「こちらの人達はお友達?」
質問に、隣席に着いたスコルピオン氏がニヤニヤしながら口を開く。
「ええ、ベアトリーチェお母様。改めて自己紹介をさせて下さい。俺はキムの高校時代からの大親友のアンタ」
「ゴンザレスだ」
「手っ前、毎度毎度茶々入れんじゃねえよ!?ああ、今のは一応本名ですけど綺麗サッパリ忘れて下さい。アンタレスです、どうぞ宜しく」
何、この出だしの濃さ。流石はキムの友達、と言うべきなのかしら?
「にしても噂以上にお美しい方で俺、吃驚仰天しました!とても還暦とは思えないです。手もスベスベで」
「え?」
ギュッ!ピシッ!握りかけた手を払い除け、その勢いのまま髭剃り跡の残る顎をむんずと掴むキム。
「おい、息子の目の前で母親を口説くな、この節操無しの色情狂。いわしてから手前の隠してるエロ本、残らずフリマで晒すぞコラ」
「キムさんの言う通りですよ、アンタレスさん」
運転手も小鳥のように可愛らしい声で加勢する。
「済みません、お母様。団長は染色体がXYなら本当何歳でもOKな人なんです。この間もお芝居を見に来てくれた三歳の子を口説いて、親御さんに危うく警察を呼ばれる所だったんです」
「誤解を生む言い方は止めろよ、スピカ。俺は真剣にお母様の可憐さに心打たれてだな」
「じゃあ今度触ったら、全裸で蜂蜜塗って山奥に置き去りにするからな」
「酷え!!?」
絶句する友人(?)を捨て置き、それはそうと母さん、キムは爽やかに微笑む。
「家の軽い物は取り敢えず全部新居に運んどいたけど、家具はどうする?結婚記念に父さんと選んだスツール、確か気に入ってただろ。良ければ回収させとくけど」
「覚えてたの……ええ、じゃあお願い」
丈夫な上に座り心地も良く、おまけに昼寝まで可能。正直あれが無いと長時間に及ぶ編み物は苦痛だ。
「列車の手荷物はトランクにいる父さんに預かってもらってるよ。失礼」
胸ポケットから震動する携帯を取り出し、耳に当てる。
「―――ああ、プロキオンか。おい、頼むから受話器の傍で鼻息荒くするな。こっちはすぐ後ろに母さんがいるんだぞ」
珍しく舌打ち。
「ああ、勿論全部上手くいったさ。他の連中にもそう伝えてくれ」
他?通話相手や二人の他にも、まだ息子には協力者がいるの?
「ところで昨日回収したターラーの奴の死体は……うげ。お前好みなのは渋々認めるが、御老体相手に無茶な真似は止めろ。あと後始末が大変だからゴムを、あ、こら!」ピッ。「一方的に切りやがったぞ、あの変態野郎!スピカ、お前からも後でキツく説教しといてくれ」
「了解です。生憎聞いてくれた試しは無いんですけど……」
気弱に言ってからペコリ、心底申し訳無さそうに頭を下げる運転手。
「キムさん、いつもパパが迷惑掛けて本当に済みません。あれで家では良いお父さんなんです、多分……ママも仕事のネタになるからって完全スルーだし」
「うちの劇団の七不思議だな。あんな節操無しとフツーに同居してるとか、どんだけ心広いんだよお前等」
「わ、私は認めてませんってば!?」
「軽めに説明して頂けるかしら?」
水を向けると、ゴンザレス君は鼻の穴を目一杯広げて意気込む。
「はい!まずこのスピカはこう見えて、うちの劇団の看板女優なんですよ。で、父親のプロキオンは現役医師兼救護係。母親のペテルギウスは猟奇小説家で、時々うちの脚本を書いてもらってます」
へえ、プロキオン(こいぬ座)とペテルギウス(オリオン座)からスピカ(おとめ座)ちゃんが、ね。そう言えばアンタレスは蠍座の恒星。成程、だから偽名がスコルピオン。
「劇団?」
「そう、劇団スターリットスカイ(星空)。元々俺とアンタレスの二人で始めたんだが、今じゃすっかり五十人超えの大所帯だよ。因みにお気付きの通り、本名偽名問わず名前は全員星から好き勝手に取ってる。俺も偶然金星だしな」
そう言えば、息子は幼い時から星座が大好きだった。天気の良い夜は事典を読みながら望遠鏡を覗き、よく夫と遅くまで天体観測に勤しんでいた物。
(あら?このお嬢さん、最近何処かで会ったような……)
ショートカットから覗く顎から項のラインを眺めていて、ふとデジャヴを覚える。誰だろう?
「……へえ。やっぱ察しがいいな、母さんは」
「え?」
口笛を鳴らした息子は、前のダッシュボードをごそごそ。取り出した茶髪のカツラをかぽっ、運転手に被せて軽く整える。「あ!」反射的に驚きの声が出た。
「メニー・コン……!?嘘、何時の間に入れ替わったの?」
「お母様の依頼を受ける直前です。済みません、騙すつもりは……大アリでした。しかし私達も一応、無辜の人の死は避けたかったので……」
控えめなスターの返答にぱちぱち、拍手を送る。
「まあ、そうだったの。すっかり騙されてしまったわ!文句無しの名演技よ!!でも、だったら本物は今何処に?」
「“蒼の星”で絶賛オーロラツアー満喫中。子供の頃から夢だったらしくてさ、結構喜んでたぜ」
「なら良かった。でもだとすると、物見台で墜落死したって言うのは?」
「落っこちたのはうちの小道具係渾身のスタント人形ですよ。スピカ本人は咄嗟に俺達が待機していた窓へ飛び込んで、身代わりに奴を墜落させたんです。キムの時に散々練習したんで、タイミングも余裕でピッタリでしたよ。本物の政府員共が思いの外早く駆け付けて、危うくバレる所でしたけど」
自慢げに説明する相方に、今回は久々に中々の綱渡りだったな、息子も同意する。
「真面目に逐一連絡しようとするから、こっちも通話傍受が大変だったぜ。ったく、成りすます方の身にもなれってんだ」
「けどよ、案外あの姉ちゃん達気付かなかったな。変装したお前等はともかく、俺とプロキオンは殆ど素だったのによ」
「まぁ、会ったのは何年も前ですから。にしてもうぅ、今思い出しても心臓が……」
ハンドルから左手を離し、胸を押さえるスピカ嬢。幾ら演技中の出来事とは言え、本気で襲われたのが余程堪えたのだろう。
「大丈夫か、スピカ?長時間の演技疲れもあるだろうし、あとで診察してもらえよ」
「はい、済みません……」
カツラを外し、慈愛に満ちた表情でよしよしと頭を撫でる息子。おや、まぁ……まだまだ子供だと思っていたけれど、意外と隅に置けない。
「っ!?そうだ、駅の爆弾!!?」
このまま埋めておいたら、何かの拍子に爆発しかねない。反射的に後ろを振り返る私に、そちらも何の心配もありませんよ、動悸の治まった女優が告げた。
「私達の劇団の最年長に、ダウジング一級の現役井戸掘り職人さんがいるんです。水脈よりずっと簡単に見つかったと言っていましたよ。勿論、解体もとっくに済んでいます」
「けど流石にケーニ村での妨害は大変だったな。駅で張ってた連中を片っ端から捕まえるのに随分苦労させられたぜ。あ、いえ、どうか安心して下さいお母様」
如何にも慣れない敬語で言う団長。
「ちょっとトラックに連れ込んで睡眠ガス嗅がせた後、近場の牧場に置いて来ただけですから。仮令怪我したとしても精々牛に蹴飛ばされるぐらいですよ」
「それ、普通に危ないんじゃ」
「大丈夫大丈夫。幼少期に頭を踏ん付けられた俺が言うんだから間違い無い」
「ああ、だからこんな度し難い馬鹿が練成されちまった訳か」
「何だと手前!?」
「本当に何でも出来るのね、あなた達……」
彼等の暗躍具合が凄まじ過ぎて、最早感心を通り越し溜息しか出ない。所詮自分など、若者達の掌で踊っていた道化に過ぎなかったのだ。




