78章 緑色の挨拶―――-0:10:00
「母さんを助けてくれてありがとな」
矢張り、このタイミングで話し掛けてきたか。
「昨夜の内に銃弾の火薬を残らず抜いて、液体爆弾を水とすり替えた誰かさんの労力に比べれば、私なんて何もしていないに等しいよ」
控えめな弁解に背を向け、後光を浴びたKKは声を上げて笑う。それは思春期の男子学生にしては大人っぽく、なのに何故か無垢な響きを持っていた。
「それでもあんたがいなきゃ、あの人は死んでたさ」
「何ですぐに連絡してあげなかったの?」
たった一言の生還報告さえあれば、この徹頭徹尾誤解塗れの馬鹿げた事件は起きやしなかった。
「―――愛情の証明」
バリ、バリ……四日間付けっ放しだった精巧な特殊メイクを剥ぎ、脱いだカツラに代わって小洒落たベレー帽を被る。
「自分に愛するプログラムが組み込まれていると確認するには、どうすれば手っ取り早いと思う?」
「愛情の裏返しは憎悪、って訳。今、不覚にもちょっとだけ被害者達に同情しちゃった」
合掌。
「へえ……個人的満足のために散々法を冒したってのに、随分寛大なんだな」
「私達は人の作った秩序の外側にいる。しかも友達だし、今更だよ」
答えを聞きつつ、偽学生は野暮ったい上着を脱ぐ。そして先に外していた眼鏡と共に、前方からふらふら歩いて来た冴えない少年に着せ掛ける。下は既に連合政府員の制服へチェンジ済み。寒気に震えるなどと言う無様な真似はしなかった。
「貸してくれてサンキューな、部長殿。写真はバッチリ撮っといたから、部誌頑張れよ」
「へ……?は、はい……」
可哀相に。余程強力な薬を嗅がされたらしく、まだ思考力が戻っていないようだ。強盗に背を押されるまま、素直に反対側の駅舎へ歩き去って行く。
「で、何時俺が怪しいって気付いた?」
「二日目の朝、朝刊から予告状を取り出した時だよ。流石にあれはあからさま過ぎたんじゃない?」
揶揄に、半分こちらへ向けた母親そっくりの形の唇の端が上がる。
「ああ、あれは予定外の行動だ。あんたを少し試したくなってな、『蒼の北極星』。気を悪くしたなら謝る」
「別に。でも健全な青少年に化けるなら、何はともあれ真っ先におっぱいへ目を向ける事だね」
「ああ、成程。賢い女は好きだが、生憎俺は微乳派なんだ。魔石の方が興味あったんでな、つい額ばっか見ちまった」
咳払い。
「だからゲイじゃないぜ。くれぐれも誤解するなよ?」
「じゃあ間取ってバイセクシャルね―――さて、そろそろ行きなよ。あんまり待たせるのも可哀相でしょ」
「だな」
丁度トラックの陰から保護者も飛び出してきた所だ。片耳を手で塞ぎ、焦った表情で兄とやりとりしている。
「はい、はい……ええ、すぐにお迎えに上がります。しかし主、何故ヘルンなどへお越しに……い、いえ!済みません。取り敢えず風邪を引かないよう、暖かい室内でお待ち下さい」
音沙汰が無くなったと思ったら待ち伏せしていたのか。あの過保護ブラザーめ、いよいよアブないな。その内首輪でも嵌めかねない勢いだ。
「何だ。あいつの言っていたもう一人の野郎って神様だったのか」
偽政府員はそう呟き、すっきりとシャープな顎に手をやる。
「心配無えよ。駅で間抜け面晒してたモノクルの政府員と一緒に、ちょっと強めのクロロフォルムで熟睡してもらってただけだ。ま、寝てたのは倉庫の床だから、二、三日は身体が痛いだろうけどな」
「へえ、随分優秀な仲間に恵まれてるのね。おまけにイケメンで頭も切れるし、正にスーパーマンだね」
「仲間じゃねえよ。殆どはただの腐れ縁だ」
照れ臭そうに言い切り、肉親の去った方向へ歩み始める。と、右腕が上がった。
ピンッ!指で弾かれた紙片がひらひらと舞い落ちる。掴んだ隠し撮り写真は、紛れも無く二夜目の一場面だった。
「―――記念にやるよ。それと相方にもっとツッコミの練習させときな。あれは磨けば光るぞ。あと、最後に―――会えて嬉しかったぜ、『蒼の北極星』」「私もよ、『緑の北極星』君」
二人目の同胞を見送り、すっかり昇り切った陽光をバックに、私は安堵の欠伸を掻いた。




