77章 終着駅へ―――-0:03:00
急ブレーキの掛けられた運転車の鼻先は、停止線の数メートル手前で無事ストップ。当然爆発オチも無しだ。
運転席横の出入口から順番に降りていると、制止するセヴォイ駅長を押し退け、一人の女性がこちらへ駆けて来た。
「あなた、無事!!?」「タナー!ど、どうしてお前がここに!?それに、その格好は……!!?」
大声で問いながら、走行ばかりが原因でない荒い息の入院着の女性を抱き、細い背中を擦る車掌。そんな父を不思議そうに見つめる兄妹に、数秒遅れでやって来た三十半ばのナースが声を掛けた。
「ああ良かった!二人共、怪我はありませんか?」
「あ、うん……あの、この女の人って、もしかして」
質問に、白衣の天使は深く頷く。
「ええ。れっきとしたあなた達のお母様ですよ。数年前に難病を患って以来、ずっとうちの病院に入院しているんです。でも一昨日の夜に捜索願のニュースを偶然観て、そこから色々あって今朝ようやく駆け付けた所なの」
「びょ、病気だと!?どうも様子が変だと思ったら、そんなつまらない事で家を出たのかお前は!?」
「だって、あなた……お医者様から難病で、治療するには長期入院が必要だと告げられたのよ?しかもミアが生まれたばかりで、口が裂けても言い出せなかったのよ……」
「馬鹿野郎!!」
滅多に怒らない父の激高に、兄妹の身体が揃って一瞬地面から浮く。
「どうして、何で頼ってくれなかったんだ!?私達は家族だろう!それともお前は、たかが病気で崩れる程私達の絆が脆かったとでも言いたいのか!!?」
「そんな事は無いけど……でも、だって、きゃっ!」
ドンッ!腰部に真横からぶつかる娘。
「お母さんー!えっぐ、ひっぐ……すっごく、すっごく怖かったよー……!!」「ミア……」
病身の母は屈んで泣く我が子を抱き締め、産毛ではない柔らかな髪を撫でた。
「良く頑張ったわね、もう大丈夫よ……ジャックも」
「あ、ああ……」
手招きに応じて寄ってきた息子の頭を撫で、紫がかった唇を綻ばせる。
「大きくなったわね。学校では上手くやれている?友達は」
「俺の事なんか心配すんなよ。それより難病って、具体的にはどんな?つーか取り敢えず、真冬にそんな薄着で抜け出してくるなよな!?親父」
「ああ。お前達はタナーを連れて、先に駅舎へ行っていなさい。事情説明は私達でやっておく」
ふと隣を見ると、旧友は優しい表情で線路を越えて行く母子を眺めていた。
「ほら、止めて正解だったでしょ」
「そうね。ところで、この感動の再会もあなたの狙い?」
「御想像にお任せするよ」
「女王様、あれ!」
衛兵が指差す線路の左側。白いトラックに乗り、家臣達が次々駅へと雪崩れ込んで来ていた。丁度一号車の後方に停まった車体は、どうやら農作物の運搬用らしい。マナーの悪い乗客に蹴落とされたのか、大根箱はえらく乱雑さに積まれている。
「見つけたで!おいクラン!?」
「アス」
「はいはい―――お兄さん、済みません。女王様は大切な御友人と最後の別れをしなければならないので、お叱りは代わりに僕達が―――」
出来た衛兵に半ば強引に連れられ、義兄達はトラックの裏へと回って行った。これで当分邪魔は入らないだろう。
「最後の最後で、ようやく間違わずに済んだわ―――ありがとう、とぼけた女神様」「どういたしまして」
握手を交わして感極まったのか、旧友は私を抱えて持ち上げる。肉体こそ還暦だが、宿る魂は学生時代からちっとも変わっていなかった。
私を地面に降ろす背に低音ボイスが掛かる。ヘルンの時と同じ四人の部下を従えたスコルピオン氏は、重々しい口調で任意同行を求めた。
「バイバイ、ベアトリーチェ。元気で」
「あなたも風邪引かないようにね。あと」くすっ。「収集癖は程々にしなさい。彼に嫌われても知らないわよ?」
そう忠告して両腕を上げ、縮こまった背筋を伸ばす。
「ああ、とっても楽しい旅行だったわ!もう当分は行かなくても大丈夫ね!!」
「別れの挨拶は終わったか?では来い、ベアトリーチェ・ニー」
「ええ」
掛けられた手錠を興味津々に眺めながら、素直に連行されていく老婆。その後背は惨めな犯罪者でも、かつて創造主殺しを企てた超危険人物でもない。真っ直ぐな背筋を持つ、凛とした佇まいをした一人の母親だった。




