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流星疾走  作者: 夕霧沙織
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75章 八ヶ月前・殺人前夜―――約6千時間前



 受話器を取って、最初に聞いた衝撃的台詞。普段は鋭敏な思考も、流石に束の間フリーズを余儀無くされた。

「母さん?聞こえているのか?」

「え、ええ。問題無いわ……」

 何処がだ。十数秒前、息子に自分は明日殺されると言われて、凡そ平常を保てる母親がいるものか。

「本当……なのよね?」

「ああ。オットーの奴に呼び出された。御丁寧にも人気の無い崖でな」

 あの事故以来、息子とは余り話していなかった。


―――あぁ、ごめんなさい、ごめんなさいねキム……!

―――だから大丈夫だってば母さん。まだ違和感は少しあるけど、慣れればきっと悪くないさ。


 まともに言葉を交わす事が怖かったのだ。遺伝した『魔人眼』に苦しみ、怨嗟の念を聞くのが堪らなく……。


「―――恐らく俺は殺されるだろう。そしたら母さん、復讐してくれる?」「……え?」


 意外な質問に、自分でも間の抜けた声が出る。

「そうだ、どうせなら舞台はスターレイン号にしよう。俺がデザインしたあの豪華寝台列車なら、血腥い殺人事件もさぞや映える」

 しかも不謹慎にもすっかり乗り気。とは言えそれは私も同じで、

「クローズドサークルって事ね。だったら連続殺人なんてどう?被害者はオットー・ビアと、彼の母親なんて適任じゃない?噂では二人共社内で好き放題やって、迷惑している人も多いんでしょう?」

 その辺りの情報は息子の入社後、様々な方面から聞き及んでいた。ヘルンに本社を置き長命な北斗社だが、内部は中々面倒な問題に満ち満ちているようだ。経営にも悪影響が出始めているらしく、何れは抜本的大手術が必要になるだろう。

「なら、ついでにターラー弁護士も殺っちまおう。守銭奴ですこぶる社外の評判悪いし、始末すれば感謝する人間もさぞや多い」

 向こうで意地悪な笑みを浮かべるのが分かった。何せ母親ですもの。

「何より、弊社の今後の弁護料が大分浮く」

「まあ、正に絵に描いたような優良社員振りね」

「だろ?」

 深刻な話題とは裏腹に、私達の口からはクスクス笑いしか漏れない。

「じゃあ、最初は派手に行こう。初日のセレモニーディナーの席で、窓の上からオットーの死体に挨拶させるんだ。やあ、僕副車掌のオットー!今お客様の目の前でぶら下がりサービス中なのさ!って感じに」

「どうせならすり変えてしまいましょう。墜落した筈の若者がカラカラの木乃伊に、なんてミステリー情緒溢れる展開だわ」

「なら次鋒のババアには、茹蛸みたいに真っ赤になって御登場願おうか。奴のセクハラを受けている、事務課女子社員一同に捧ぐ。彼女達は食べ放題に行くぐらい豚足が好きなんだ」

「まあ!じゃあターラー弁護士は裁きらしく磔かしら?きっと裏社会では長く良い酒の肴になってくれると思うわ」

「今思ったけどさ、還暦間近の母さんがやるには滅茶苦茶ハードな計画だよな。是非とも善意のお手伝いさんが必要だ」

 成程、尤もな指摘だ。

「だったら関係者の御家族の手を借りればいいわ。予定の車掌さん、ビア・ビーツェさんと言ったかしら?どうせあなたの事件には緘口令が敷かれるでしょうから、内部告発しなかった罪で」

「おいおい、イチャモンもいい所だな」

 苦笑。

「あの人、俺達に飯奢ってくれたり、結構良くしてくれたんだぜ。多少からかうぐらいはいいけど、あんま責めないでやってくれよ。因みに奥さんとは離婚してて子供は二人、二つ離れた兄と妹らしい」

「だったら協力者は男の子で決まりね。妹さんにはそう、シッター付きの優雅な列車旅行を楽しんでもらいましょう」

「幼女監禁って、まるでAVの設定だな。頼むからシッターは女にしてやってくれよ。写真を見た感じ、奥さん似の可愛いレディだからさ」

「当然よ。じゃあ面倒見が良くて子供好き、少なからずお金に困っていて、しかも多少怪しい仕事でも通報せず受けてくれて、何より―――隙を見て処理し易いシッターを募集するわ」

 打てば響く、音楽の如く完璧な調和に満ちた会話。こんな楽しいお喋りは四十七年振りで、知らず知らずの内に声のトーンも上がってしまう。

「ま、殺すのは最終手段だけどな。向こうはあくまで割りの良い労働だと思っているんだし」

「そうね。では、最後はとびきり豪華にいきましょう。急加速したスターレインがセヴォイに帰還した途端、爆破炎上。乗客は全員死亡し、真実は永遠に闇の中へ葬られる」

 断言して閉じた瞼の裏に、眠たげな金髪の少女が浮かび上がる。


「そして『蒼の北極星』―――クランベリー・マクウェルを除いて」「敢えてその墓穴に手を入れる者はいなかったとさ」


 彼女がもし後年この事件の記録を見れば、一読で全てを悟るだろう。私達親子の馬鹿な企てを知り、半ば呆れながらページを閉じるに違いない。それこそ本望だ。過ちを誰でもないあの子に認められるなど、私だって望んでいない。

(……ごめんなさいね)

 先に就寝した優しい面差しを思い浮かべ、少しだけ罪悪感を覚えた。

 夫は私達とは違う、普通でれっきとした常識世界の住人だ。これから起こるであろう異常事態に、良識ある神経が耐えられるとはとても思えなかった。

(そうだわ……)

 もし彼が万が一計画決行前に亡くなったら、せめてもの償いに役者として舞台へ上げてあげよう。一人寂しく土の下は嫌だと、彼にしては珍しく事ある毎に言っているし。仮令一瞬でも、主役として輝かせてあげる。それが余りにも不出来な妻なりの精一杯の恩返しだ。


「じゃあ」「また」


 次に会える場所は天国か、はたまた地獄か。それでも遠からず再び語り合えると、その夜は楽観的に思っていた。




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