70章 現れた凶つ星―――1:00:00
驚愕する大人達に混じり、少年は震え切った腕をゆっくり上げ始める。
「う、嘘……でも、確かあの銃を手渡したのって……」
義妹の呻く間にも、告発は止まらない。痙攣した幼い人差し指が、先程から沈黙したままの犯人を指し示す。
「―――冗談だろ、婆さん?虫も殺さないようなあんたが俺達を誘拐して、しかもあんな惨い殺人を次々と……!?」
今朝齢六十を迎えたベアトリーチェは答えない。代わりに発言したのは皇太子だ。
「ちょ、ちょっと待てよクラン!?年寄りの女性が重い上、あんな気味悪い死体を運ぶなんて絶対無理に決まっている!!」
「どうして不可能だってレイに分かるの?」
「そりゃ腕が細いし、体力だって如何にも無さそう」
「ああそれ、見事に術中に嵌ってるね」
「何!?」
温泉で見た旧友の身体は、決して弛んではいなかった。全身を鍛える『何か』を日常的に行っている証拠だ。
「大切な小道具であるあの木乃伊作りに、他人を使ったとは考えられない。となると作成過程では、たった一人で何度も移動させるしかない。服の上からは見えなくても、その間に鍛えられたと考えるのが自然だよ。そして―――私達には凡そ、死者への畏れなど無い。ただのタンパク質の物体を動かすのに、躊躇なんて感じる訳無いでしょ?」
「と、突然喋り出したと思えば……一体何を言っているんですか、クランベリー!?ベアトリーチェ・フェンは、れっきとしたあなたの友」
「あのね、イスラ……」やれやれと頭を振る。「友達だから殺人犯でない、その根拠は何?」
「!?そ、それは……」
「私からも一言言わせて下さい」
那美が挙手する。
「宝君」
「仮に彼女が『北極星』だとしても、矢張りあの木乃伊の存在は腑に落ちません。あれが誰なのか、勿論あなたにはとっくに分かっているんでしょうね?」
「そりゃあ、この推理の肝だからね。けど、そう言う那美だって知っている筈だよ」
私の指摘に、目を大きく見開く政府員。
「何ですって?しかし私はあの遺体に全く見覚えが無かったんですよ?」
「当たり前だよ。でも、名前はここにいる全員聞き覚えがある」
こっそり横目で窺うと、旧友は不敵に微笑みウインク。自分で説明する気は更々無いらしい。面倒臭。
「名前を??そんな有名人だったのか、あの木乃伊」
「このトワイライト・スターレイン号限定で超の付く、ね。皆が彼を捜している。人生が終わった今、最高のモテ期到来中」
「はぁ?謎々ですか、それ?」
その場で一周し、全員の表情を確かめる。が、何と誰一人として気付いてないよう。セミア辺りなら今のヒントで分かってもおかしくないのに、ガッカリだ。
「仕方ないなぁ。生憎時間も無いし、答えを言うよ―――彼の名前はグラシア・『ニー』。ベアトリーチェの夫にして北斗社の元社員、キム・ニーの実の父親だよ」
発言の瞬間全員、特に同僚二人は強いショックを受け、揃って唇を戦慄かせた。
「あ、あの木乃伊が、キムのお父様……!?それにフェンさんが、そんな事って……!!」
「フェンって旧姓だよね。偽名を使ってまで乗車する辺り、相当な覚悟があったとお見受けするけど?」
挑発に、老婆は深紅のルージュを歪めてくつくつ嗤う。四十七年前と同じ、同胞への押さえ切れない好奇と、鬱屈した狂いの光を宿す赤い瞳で。
「あなたを突き動かしたのは、余りにもありふれた動機。反論、ある?」
「いいえ、全然。でも一つだけ訂正が必要だわ―――私の共犯者は三人よ。不幸な『事故』で亡くなったシッターのメニー・コン嬢に、老体に代わって実に有能な手足になってくれたジャック・ビーツェ君。そして―――」
バンッ!手近なテーブルを叩き、乗っていたコップを一瞬空中浮遊させる。
「あなたよ『蒼の北極星』、クランベリー・マクウェル!!あなたには、あなたにだけは私の犯行を止めるチャンスがあったわ!それも何度も!なのに放置した、殺人幇助罪に問われる資格充分よ!!」
「あ、蒼の、ですって……!?クラン、どう言う意味か説明しなさい!まさか、本当に共謀」
「あなたは黙っていなさい、暴力公務員!今クランと話をしているのは私よ!!」
ぐっ!図星を指され、口を噤む那美。外野には構わず、私はお望み通り会話を再開した。
「これ以上は止めなよ、『赤の北極星』。あなたのやろうとしている事は無意味なんだから」
「あら。友人への説得にしては、また随分突き離した言い方するのね。だからいつも周囲に誤解されるのよ。いい加減自覚しているでしょう?」
「さあね」
そう応えつつ、心中で嘆息。人が折角教えたのに『眼』が覚めないとはこの老婆、相当重症だ。それだけ思い詰めている証拠だが―――道理で帰れなかった訳だ。
バッ!「っ!!?サブマシンガンですって!!そんな物、どうやって持ち込んだんですか!!?」
ダウンコートの中から取り出した短機関銃を両手で構え、殺人鬼は人懐っこい作り笑いを浮かべた。
「勿論、グラシアの車椅子の物入れよ。意外とスペースあるから、今度から注意して見てみるといいわ。―――ええ、お察しの通り。私の目的は、キムを殺した者達への復讐。あの子は本当に可哀相な子だったわ……生まれてくる場所を間違えただけでもとんだ不幸なのにその上」
「違うよ、ベアトリーチェ。彼は」
「頼むから止めて頂戴!あなたの慣れない慰めなんて聞きたくないわ!!」
銃口が観客達を一回りし、憤怒に震える少年の眉間へと照準が合う。
「止めて、お婆ちゃん!!」
「ええ、勿論止めるわ。―――だからこっちに来なさい、ミアちゃん。私、今からお父さんの所へ大事なお話をしに行くの。この列車をキムのいるお空へ還す、ね」
にっこり。
「あなたに同席してもらえると、とっても助かるわ」
「ヤダ!お父さんまで殺さないで!!」
「それは車掌さんの反省度合い次第ね。でもミアちゃんみたいな可愛い娘の説得なら、きっと心に届くと思うわ」
絶対零度の視線を幼い一身に浴び、最早少女に抗う術は無かった。
カツ、カツ……。「行くんじゃない、ミア!!」「でもお兄ちゃん!?だ、大丈夫だよ……それに」
振り返ったミアは今にも気絶しそうになりながらも、必死にえくぼを作る。
「―――今度は私が、お兄ちゃん達を守らなきゃ」「っ!!?馬鹿野郎!!」
召集に応じた少女の手を、まるで王子様のように優しく取る『赤の北極星』。
「怖がらせてごめんなさいね。さ、行きましょう」
「待て、この糞ババア!!」
「人質とは卑怯ですよ!!」
その他諸々の怒号を涼しい顔でいなし、ベアトリーチェは優雅に上り方面のドアを潜って消えて行った。




