66章 最終日:行動開始―――2:00:00
眩しさに目を開くと、時刻は既に七時を指している。相方はとっくに支度を済ませ、ソファの向こうでラジオ無しラジオ体操中に勤しんでいた。
「老人って本当に朝が早いんだね。ふぁ~」
「六時半なんて早い内に入らないわ。そうだ、さっき妹さんが子供達と廊下を歩いて行ってたわよ。もう朝食時間も始まっている事だし、私達もご飯にしましょう」
「うん」
上半身をむっくり起こすと、待ってましたとばかりに老婆が櫛を持って傍へ寄った。嬉々として寝癖まみれの金髪を梳かし、真っ直ぐにしていく。
「はい、出来た」
「ありがと」
ダウンコート姿の彼女と一緒に廊下へ。その後一旦自室に戻り、いつもの黒ローブへ衣装チェンジ。セミアの仕業だろう。部屋のあちこちに置いてあった荷物は、既に各々の旅行鞄へ纏められていた。
続いて向かったのは四号車。トイレと洗顔を済ませ、ようやく身支度完了だ。
「お待たせ」
前髪の水滴をタオルで吸収しながら出て来ると、丁度洗面所へ那美が入ってきた。豪胆な鬼女も流石に今回の連続殺人は堪えたらしく、珍しく目の下は隈が出来ていた。
「ああ、クラン。フェンさんも、おはようございます」
バシャバシャッ!冷水で頬を叩き、半ば強引に意識を覚醒させる。その横顔を見た瞬間、不意にある事を思い出した。
「すっかり忘れてた。ねえ、偽セレン・バービーの分の」旧友を見、「『例のブツ』は届いてた?」
「いえ。一応ケーニを発車してから、乗務員の二人と手分けして探しましたが何処にも」
ほう。と言う事は、矢張りあのシッターの正体は、
「ですが、無くても不自然ではありません。彼女を殺害したマルコ・ジーニは、ディナー直前までずっとセミアちゃんの術で眠っていたんですから」
そう勝手に一人納得した捜査官は、持っていたフェイスタオルで顔を拭う。こうして見ると、すっぴんでも中々美人だ。と、形の良い細眉が歪む。
「あと二時間足らずで、やっと到着……ああ、もう!しばらくは汽車を見るのも嫌な気分です……」
「着いたら即捜査と報告だしね。大変だなあ、バイトでも一応公務員は」
「何言っているんですか。あなた達も全員事情聴取に決まっているでしょう。迎えに来るリリアさんには悪いですが、こればかりは到底免除出来ません。フェンさんもしばらくお時間取らせますが、この後の御予定はありますか?」
「いいえ、特には」
「それは良かっ……いえ、済みません。旦那さんは連合政府の総力を上げて必ず発見します。だから、どうかお気を落とさず」
慣れない沈鬱な表情を見、旧友は憐れみを含んだ微笑を浮かべる。
「気休めは不要よ、お嬢さん。長く歩けない老人が真冬の夜にいなくなり、丸二日以上消息を断っているんですもの。常識的に考えれば……あら、何も泣きそうになる事はないのよ?行方不明になったのは、あなたの大切なお爺様ではないでしょうに」
「っ!!?」
ごしごし!目を擦り、悟られた動揺を必死で隠そうとする。やれやれ、『魔人眼』相手に無駄な努力を。
「で、でもだからと言って、希望を捨ててどうするんですか!?大切な御家族なんでしょう?だったら」
「あぁ……どうしようかしら、クラン?」
私達にとって一番苦手な手合いに、人生経験豊富な筈の老婆も助けを求める。仕方なく肩を竦めつつ間に入った。
「ベアトリーチェの言う通り、下手な希望ならいっそ持たない方がマシだよ、那美。それはとても残酷な強要」
そして少なくとも、私達二人は知っている。どれだけ広範囲を捜索しようと、彼が決して見つからない事を。
「……済みません」
正に青菜に塩状態。四日間色々あり過ぎて、神経も大分お疲れのようだ。多少険悪な間柄とは言え、少し可哀相になってきた。何せ、まだ事件は終わっていないのだから。
「謝らなくていいのよ、お嬢さん。さ、折角だから一緒に行きましょう」
「ええ」
そうやって鬼を見事手玉に取った魔人は、意気揚々と最前列を歩き始めた。




