62章 偽者の正体―――14:30:00
「―――お、おお、お前は何を知っているんだ小娘!!?」
唾を飛ばして絶叫するマジシャンに対し、小さく肩を竦めるクラン。
「そうね、取り敢えずスリーサイズ以外は全部かな?」
「忠告しておいてあげるけど、言い逃れなんて無駄だよ」
セミアがくびれた腰に手を当て、そう断言する。
「昼間あなたを部屋に戻した時、荷物をぜーんぶ見させてもらったの。当然これもね」
言ってドレスのポケットから取り出した、一枚のパスポート。顔写真こそ目の前の男だが、印字された氏名は、
「私に無断で容疑者の私物を漁ったんですか、セミアちゃん!?クラン、さてはあなたの命令ですね!!」
民間人達の暴走に、床が抜けそうな程強力な地団駄を踏む政府員。
「何で事前に私へ話を通さないんですか!?姉妹揃って公務執行妨害で逮捕です!!?」
「那美さん、取り敢えず落ち着いて下さい!」
「そうだぞ宝君!こんな狭い車内で暴れるな!!」
テーブルに叩き付ける寸前の右腕を二人掛かりで押さえられ、激情を揮う機会を奪われた鬼女は大層ご立腹だ。これが多少ならず負い目のある衛兵と大学時代の先輩でなければ(例えば俺とか)、容赦無く振り解かれていただろう。
「わ、分かりましたよ……で、二人共。彼が偽者であるなら、本物のカーシー・ロイド氏は何処へ行ったんです?それに少なくとも、スターレイン号の乗車チケットは間違い無く彼の住所へ届けられた筈。なのに何故」
「至極簡単な事だよ。この人は出発前夜、ロイド氏の自宅で彼を殺害。その発覚を少しでも遅らせるため、支度済のスーツケースを引っ提げて翌日、この列車へ乗り込んだ。このまま終点まで行って失踪すれば、仮令遺体が発見されても四日間のアリバイが残り、捜査を多少なりとも撹乱出来る、と……まあ悪くないアイデアだったけど、運が悪かったね」
「つい先日、政府館のクリスマスパーティーの席で、本官はロイド氏の素顔を見せてもらったんです。あなたとは似ても似つかない、如何にも好色な男性でしたよ」
会場で起こったトラブルを思い出したのか、深い溜息を吐くラント。
「ぐっ!マジかよ……ショーではずっとマスクを付けているって、ありゃ嘘だったのか……」
「ところが、後少しで逃げ遂せる筈だったあなたの前に偶然、化物女に追われた元恋人のシッターが現れた」
殺気たっぷりに睨む視線を無視し、言葉を続ける。
「彼女をこのまま放置しておいたら、正体を暴露されて一巻の終わり。だからわざと逃亡に協力し、物見台の上で隙を見て」
「そんな理由で彼女を……卑劣な男、赦せません!」
エキサイトする那美は、両拳を強く握り締めて激高した。
「その二人だけではありません!脅迫状を出して子供達を誘拐したのも、三件の殺人も全ては!!」
「違う!!俺が殺したのはロイドとあの女だけだ!他の奴等なんて知らねえ!!」
必死の反論を、だが俺は鼻で嗤ってやった。
「けどあんた、随分単独行動が多かったよな?温泉の時もずっと列車に残っていたし。マトモなアリバイがあるのは最初の墜落事件の時ぐらいじゃないか?それだって、鞄の中のマジック道具を使えばどうとでも」
「それこそ憶測だろう!出来るものなら手前がやってみやがれ!!」
追い詰められた奴の目は血走り、いよいよ落ちるまでの秒読みが開始された事を暗に示していた。
「そうだ、動機は!?そいつ等を殺して、逃亡中の俺にどんなメリットがある?無いだろう?無いに決まっている!!」
「―――それはどうかしら」静謐な声。「お嬢さん、彼の所持金は?」
氷のような問いに息を詰めた物語使いは、動揺しつつもどうにか答える。
「多かった、それもかなりの額……手品用のフェイクだと思って確認しなかったけど、あれが全部現金だったら少なくとも二百万近くは」
「だそうよ、政府員さん。因みに伝えていなかったけれど、グラシアの財布も紛失していたわ」
「逃亡資金を得るための強盗殺人……これで決定ですね。マルコ・ジーニ、あなたを連続殺人及び誘拐、並びに脅迫罪で現行犯逮捕します!」
「「わっ!?」」
一瞬にして二重の桎梏をすり抜け、鬼女は犯人と対峙した。野獣にも似た圧倒的殺気に押され、じりじりとキッチン側へ後退を余儀無くされるマルコ。ふとその歩みが止まり、父親に守られる少女に目が向く。
「止めろ、この子に手を出すな!!」
「五月蝿え!!」
自分を巡り、必死の形相で掴み合いを始めた大人達に腰を抜かすミアちゃん。そんな妹の手を引き、兄は腕っ節が立つであろうコックのいるキッチンへ逃げ込もうとする。が、
「ぐはっ!?」「父さん!!」「きゃーっ!!」
車掌の頬を張り倒した殺人犯が、一気に子供等へ肉薄する。くそっ、奴め!二人を人質に逃げるつもりだ!!
「があああっっっ!!」「く、来るなっ!!ミアから離れろっ!!!」
―――一瞬、何が起こったのか分からなかった。鼓膜に響くこの爆音は………銃声?
バタン!「あ、あぁ………!!!」
玩具の空気銃からは、えらくリアルな硝煙が立ち昇っていた。細い腕は衝撃でだらんとし、頬に飛び散った血が顎へと伝う。そして、肝心の倒れた犯人は―――鼻から顎までが、完全に吹き飛ばされていた。
「きゃああああああああっっっっっっっ!!!!!」「セミア、二人に夢療法を!!」「分かってる!!」
未だビクビク痙攣する死体を避け、空間転移でキッチン側へ出現するセミア。子供等同様、呆然となったコックに声を掛けつつ、最もショック状態の酷い少女を抱え上げた。
「あ、あ………!」
「もう大丈夫だからね、ミアちゃん。すぐ楽にしてあげるから」
ジャックも父親の手に因ってどうにか凶器を手離し、そのまま抱えられる。だが少年は浴びた血を拭いもせず、一切の動作を停止していた。
「二人を部屋に運んで、車掌さん!私が治療します!」
「分かりました!おいジャック、しっかりしなさい!!」
ぺしぺし、祈りを籠めて頬を叩く肉親。が……駄目だ、目の焦点が合ってない。不慮の事故とは言え、まだ未成年の心には余りにも堪える光景だ。このままトラウマにならなければいいが……。
「駄目です。被疑者死亡……それも、こんな悲惨な結果って……!!」
体温を失っていく加害者の腕を取り、脈を確認。敗北に切れる程唇を強く噛み締めガンッ!政府員は拳を床に叩き付けた。




