55章 三度目の現場検証―――26:40:00
「ねえ那美、死体の首の所見て。ちょっと赤くなってるよ」
「本当ですね……薄くてかなり分かり辛いですが、どうやら死因は絞殺のようです」
セミアの指摘でそう断定した那美は、改めて室内を見回す。
「ただ生憎、凶器は犯人に持ち去られたようですが」
「襟に赤い毛糸が何本かくっついてるよ。マフラー?」
背伸びして覗き込む女王に、正直あなたが発言するだけで気味が悪いです、一体どう言う風の吹き回しですか?不気味がる政府員。
「そう?ま、感動シーンは早い方が視聴率いいかなと思ってさ」
「??」
「あ、来たみたいだよ」
コンコン。ノックと呼び掛けに応え、最後列にいた車掌がドアを開ける。雪崩れ込んできた四天使達のせいで、ただでさえ狭いツインルームが更に窮屈になった。
「ぐっ……また他殺か」
「主よ、この哀れな魂を救いたまえ……」
「祈るのは後にして下さい」
手を合わせようとする二人へバッサリ言い放つ。
「イスラさん、早速ですが検死をお願いします」
「このままで、ですか?」
遺体の頭部は凡そ高さ二メートル半。イスラが手を伸ばしても届かない所にある。
「梯子の準備、ないしは降ろして頂けると有り難いのですが」
「ああ、済みません。すっかり失念していました」謝った後、ドアから首だけを出す。「セミアちゃん、お待ちかねの出番ですよ!」
「やっとだね。はーい!」
通路に待機していた巨乳女は身を屈めてドアを潜り、つかつかとベストポジションへ。そしてパシャッ、パシャッ!眉一つ動かさず、悲惨な被写体を収め始める。
「でもまさか、くーちゃんの言う通り殺されちゃうなんてね……ところでクローゼットのドアから何か覗いているけど、そっちは調べなくていいの?」
「あ、本当だ」
一番近くにいたラントが半開きの戸を開け、コートの下に積まれた数冊のファイルから一冊抜き出す。そうして広げて読み始めた途端、目線が釘付けになった。
「こ、これは……!?」
「どうしたんです先輩?」
裁判官が差し出した資料を見、察して深く頷く後輩。
それは手紙、或いは小切手。若しくは有名大企業の株券や権利書のコピーだ(つまりネコババ不可)。その何れもに目の前の死者の名が書かれ、御丁寧にも赤い丸印で強調されていた。
「これは特に後ろ暗い報酬のようだな。どれも事務所名が記載されていない」
「純度百パーセントの賄賂って訳ですね」
「北斗社は―――あった!社長名義で前金一千万と、成功報酬に五パーセントの自社持ち株かぁ。中々太っ腹だね」
パシャッ!このポラロイドカメラ、間違い無く今回一番の功労者(?)だな。
「これが部屋に届いていたからお爺さん、お弁当も取らずに引き籠もっていたんだね」
「間違いありませんね。しかし犯人も、よくここまで調べ上げたもの。敵ながら天晴れです」
パタン。ファイルを閉じ、元の場所へ。
「こちらは後で改めて事実関係を調べるとして先輩、それにレイ君。遺体を降ろすのを手伝って下さい」
「ああ」
「分かった」
死体を左右から男二人で支え、鬼女が壁まで深々と穿たれた杭を握力だけで引き抜いた。正に人間釘抜き器だ。
戒めから解放された老人を、三人掛かりでベッドに横たえる。栓を失って新たな血を流し始める横に立ち、検死官は早速仕事を開始。そして五分後、
「―――死後硬直と紫斑の状態から見て、死亡推定時刻は多く見積もっても昨夜六時から八時の間でしょう。頸部の痕が薄い事から推測するに、死因は柔らかく面積のある布に因る絞殺でしょう」
遺体から手を離し、信仰者から受け取ったウエットティッシュで手を拭きながら結果報告する彼。
「だとすると、犯人は男か?」俺は尋ねる。「結構上背のある爺さんだしさ、セミア以外の女だと満足に手が届かないぞ」
「え?何レイ、私が殺したって言いたいの?」
心底から鼻で嗤う。
「じゃあ訊くけど、怯えるお年寄りが部屋で一人ボケーッと立ってる理由って一体何よ?座っているか横になってたに決まってるでしょ。磔にするのだって、死後硬直してから台にでも乗せれば非力な人でも可能。仮令失敗したって、死体は文句言わないしね」
「うっ……!?」
「ミステリーを馬鹿にしないで、少しは勉強しなよ。このへっぽこ!」
見事意趣返しを果たした読書家は、梁に気を付けながら顎へ手をやる。
「那美。私から一つ提案があるんだけど」
「荷物検査ですね」
「流石!今回は特徴的な凶器が使われているし、杭を打ち付けるには道具も必要。尤も、そっちは車両整備用の工具を拝借した可能性が十二分にあるけど」
「成程。車掌、工具は普段何処で保管を?」
ラントの質問に、上り方面を指差す最高責任者。
「運転席の隣です。しかしあそこは、常に私かベルイグさんが交替で……いや。そう言えばヘルンに停車していた時は、二人共あそこを離れていました。運転キーを抜いていたので安全と思っていたのですが、急いで確認して来ます!」
慌てた車掌が、ドアを開けようとしたその瞬間。バタバタバタッ!ドア一枚隔てる通路が、俄かに騒がしくなった。




