56章 再会と逃亡―――26:33:00
バタンッ!「親父!!」「助けて、お父さん!!」「ジャック!?ミア!!?」
駆け込んできた我が子達を、驚愕しつつも胸にしっかり抱き留める車掌。その見開いた両眼が、娘の手に握り締められた物へと釘付けられる。―――血のように真っ赤な毛糸で編まれた、白い鬚と毛髪の絡まる首巻きに。
「あなた達、誘拐犯から自力で逃げてきたんですか!?それよりもそのマフラー!?一体何処から持ってきて」「な、何なのあなた!?放して!娘を連れ戻さないと!!」
全開になったドアの前。衛兵に手首を掴まれた偽社長夫人、連続殺人犯『北極星』の部下は顔を真っ赤にしてもがく。
「あの女の人のベッドの上にあったの!信じて、お姉さん!!」
「ええ、勿論!まさか列車内に監禁されているとは思いませんでしたが、どうやらこれで事件解決ですね」
バキバキッ!拳を鳴らし、最重要容疑者の元へ歩み寄る。
「セレン・バービー、いえ『北極星』。立ち話も何ですから、取り敢えず私にご同行頂けますか?未成年者略取、監禁、脅迫、死体遺棄に三件の殺人。お訊きしたい事はそれこそ山のようにあります」
「わ、私は何も知らないわ!電話でシッターの仕事を頼まれただけなの!!」
これから行われる尋問(拷問)に怯えながらも全力否定する監禁者。
「指定された廃屋へ行ったら、玄関にトランクが二つ置いてあったの。片方には目も眩むような大金。そしてもう片方には、私の薄給ではとても買えない高級な服やアクセサリー、化粧品等の旅行荷物が」
そう言って、自身が身に付ける衣服とジュエリーを示す。
「そして取っ手には私とミアちゃん、二人分の乗車チケットが貼り付けられていたの。流石に怪し過ぎると思って逃げようとしたら、廃屋の前に黒塗りの車が停まって」
「三文小説は結構。子供を人質にするとは、何て卑劣極まりない犯罪者……アス君、手を離して下さい。そこにいると危ないですよ!」
「ちょ、那美さん!?駄目です、彼女は本当に」
膨れ上がる殺気に反射で戒めを解いた、次の瞬間!
「きゃああっっっ!!」ドガッ!ガシャンッ!!「っ!待て!逃がしませんよ!!」
本能的に屈んで避けた蹴撃の余波が、二メートル離れた前方の車窓を粉砕。強化硝子がキラキラと車外へ落ちる中、容疑者は脱兎の如く二号車へ駆け出す。追おうとした政府員を、咄嗟に壁際へ退避していた衛兵が引き止める。
「お願いですから待って下さい、那美さん!まだ列車は走行中です!強引な手を使わなくても彼女は逃げられません!!」
「離しなさいアス君!もう時間が無いんです!!」
押し問答の途中でガクン、スターレイン号が減速を始めた。あ、もう六時半だったのか。道理で那美が慌てた訳だ。
驚いた拍子に握力が弱まるのを見つけ、離しちゃ駄目だよアス、久し振りに命令する。
「他の皆は彼女を追って」
多分無駄だろうけど、役者として一応のポーズは取らねばなるまい。
「了解!行くぞセミア、ラント!!」
「うん!」
「イスラ様は子供達の具合を診てあげて下さい!」
「分かりました」
自身を追い抜いて民間人達が通過するのを、文字通り歯軋りしながら睨み付ける政府員。捕らえるのが弟のような衛兵でなければ、とっくに腕をへし折って排除している所だろう。
「クラン、命令を取り下げるんです!これは立派な公務執行妨害ですよ!?」
「逮捕するならどうぞ、バイトさん。か弱い女性を病院送りにしかねない人間をとても自由になんて出来ないね」
「あの犯罪者がか弱いですって!?大体、彼女が武器を所持していない保証が何処にあると言うんです!?」
ほう、中々の正論。だが那美は見誤っていた。最大の武器は、とっくに私達の前に示されている。
「那美さん、彼女の話は恐らく本当です。訳も分からず誘拐の手伝いをさせられた、哀れな被害者の一人に過ぎない」
「そんなの、報酬を受け取った時点で立派な共犯です!!」
言い争う間にも、流星は見る見る内に速度を落とし―――そして、
プシュー……完全停止した二分後。肩を落として帰還した仲間達は、あと一歩の所でシッターを取り逃したと報告した。




