46章 二人の名探偵―――43:30:00
と言う訳で、舞台はログハウス一階の小洒落たレストランへ。主人に続き、そこでは目の覚めるような美人の女将が俺達を待っていた。夫妻の出してくれた鹿肉丼、そしてタタキ乗せサラダを腹に収めつつ、捜査会議開始だ。
「ではまず、彼女が最後に目撃された時間が知りたいですね。確かモーニングサービスで訪問した際、部屋に入れてもらえなかったんですよね?」
質問に頷く女性乗務員。
「はい。それに今考えてみると彼女が小声で、しかも私相手にああも丁寧に断るなんておかしかったんです。偶に会社へ訪問する時だって、決まって酷く横柄なのに……」
ギュッ、テーブル上に置いた拳を強く握り締める。
「成程。となると、どうやらその時点で殺害されていた可能性が高そうですね。ですが先輩、隣室にいたのに何も気付かなかったんですか?」
「如何せん昨夜は遅かったからな。二人共、彼女がドアをノックするまでぐっすりだった」
「ラントの言う通りです。仮令夜中に大きな物音があったとしても、列車の走行音と相俟って私達には分からない状態でした」
「少しいいだろうか?」
手を挙げたのは元弁護士だ。
「昨夜の変事に続き、今度はとうとう殺人まで起きたんだ。なのに何故警察に連絡もせず、あまつさえ運行を継続するなどど言う非常識な、いや不可思議な決断に?」
「ああ、そうでした。あなたはまだ知らないんでしたね。実は―――」
事情を説明されても、ターラー氏は一層表情を険しくするだけだった。
「―――ですから、子供達の命を守るためにどうか御協力下さい。それに、ここまで大掛かりな仕掛けを施す犯人の事です。下手に発車をストップさせれば、報復にとんでもない手段に出る可能性も」
「だから、大人しくイカれた殺人鬼の乗る列車に戻れと!?馬鹿馬鹿しい!!私は帰る!!」
ガチャン!コップをテーブルに叩き付け、勢い良く席を立つ。
「待って下さい!」
「放っときなよ、那美」
“鬼憑き”の脚力で両脛、もとい出口を封じようとする政府員。その彼女を静かに制したクランは、食事の間中ずっと続いていた哀れっぽい鳴き声に負け、飼い犬へ肉の一切れを与えた。まるで断食明けのようにはしゃぎ回るラフ・コリーのお陰で、テーブルクロスがバサバサ揺れる。
「しかし、もし次に狙われるのが彼だとしたら!」
「と本人も思ったから、一刻も早く離れようとしているんだろうね―――大丈夫、すぐに戻って来るよ。生死に関わらず」
淡々と言い放ち、付け合わせのベビーリーフをぱくり。
「ま、危険を承知で自分から出て行ったんだし、責任は問われないんじゃない?」
「全く、如何にもあなたらしい言い方ですね……法律など何処吹く風、無責任極まりない」
やれやれと頭を振り、温かい烏龍茶を口に含む。
「まあいいでしょう。帰宅するにしても、一旦は列車に戻って荷物を回収する筈。様子がおかしい事に気付き、車掌や先生達が引き止めておいてくれるでしょう」
成程、現実的な判断だ。
「話に戻りましょう。夫人を殺害するチャンスがあったのは誰ですか?」
「犯行が深夜か早朝かも分からないし、確実なアリバイなんて誰も持ってないと思うよ。寧ろある方が怪しい」
「そうそう、昼間ならともかくね。現に私だって、くーちゃんが何時戻って来たか知らないもの。って事は、逆にこっちもアリバイが無い訳で」
つまる所全員可能、ってか。
「それにオバサン、かなり社交的だったみたいだよ。現に昨日、会ったばかりのラント達を晩酌に誘ってたし」
「誰でもドアを開けさせ、隙を見て毒薬を飲ませられた……と。幾ら持ち株会社主催とは言え、女性の一人旅としては些か問題のある態度だな」
ラントの呟きに、彼の教育の賜物だろうか。下界の常識に疎い四天使も怪訝な反応を見せた。
「ただ殺害後に関しては、少なくとも本官達にはアリバイがある。二号室で潜んでいた犯人とシーさんが話した直後に顔を合わせているんだからな。勿論、応対した彼女も」
「私が犯人で、嘘を吐いていなければ、の話ですけどね」
謙虚な指摘に、それこそ不自然です、今度はKKが突っ込む。
「もしシーさんが殺人犯なら、わざわざ自分から疑われるような証言をした事になる。大体、遺体がここまで運ばれた説明が付きません」
「うん、やっぱそこが一番の謎だよね。少なくともこの場にいる全員、あんな重くて嵩張る荷物は持っていなかった。残る容疑者は今、列車に残っている人達だけど……ねえ、パレットさんはどう思う?」
話を振られ、首を傾げつつも返答する女性乗務員。
「不可能……ではないでしょう。実はこの建物の裏手には、私達が登って来たより広い道が整備されているんです。手前まで車かバイクを使えば余裕で追い付き、遺体を下ろせるでしょう」
「ううむ、その情報だけでは容疑者を絞り込めませんね。ベアトリーチェさんはどう思います?」
「あら、私みたいな老人の意見までお訊きになるの?」
「だってあなた、クランと同じ『眼』を持っていらっしゃるんでしょう?彼女と違って真面目に答えて下さると大変有り難いです」
矛先を振られたベアトリーチェ婆さんはキョトンとした数秒後、旧友へ笑む。
「彼女はこう言っているけれど、面目躍如しなくていいの、クラン?」
「んー。しよっか?お腹も一杯になった事だし」
空の丼を置き、血糖値の上がった女王陛下は満足気に欠伸した。
「んじゃ、言い出しっぺのよしみで手伝ってくれる?」
「ええ、勿論」
カタン。立ち上がった二人は長テーブルの左右、つまり俺達の周りをゆっくりと歩き始める。
「―――熱傷が温泉由来でないなら、彼女は何が元であれを負ったのか?」
「スターレイン号のシャワーは四十度までしか上がらないし、キッチンは乗客立入禁止。他に皮膚を焼く程熱を発生させる物なんて、果たして列車内にあるのかしら?」
ゆったりした問い掛けは、まるで双子のように息ピッタリだ。
「―――ううん。一つ可能性はある」
カツン。爪先がフローリングを叩く。
「他のランクとは違って、ロイヤルスイートルームにはシャワー室が付いている。加えて電気も何故か使いたい放題。後は水さえ持ち込んで」
「備え付けの電気ポットの温度設定をMAXにするだけ。それでも相当な根気と、うっかり自分に掛けない程度の注意力は必要だけれども」
周囲の感嘆を無視し、祖母と孫にしか見えない二人の推理は続く。
「でも折角手間を掛けたのに、どうして犯人は遺体を温泉へ入れちゃったんだろうね。証拠を隠すための偽装工作?はたまた気紛れ?ううん、犯人の目的は」
「アリバイ作り。でも―――一体誰の?」
「この事件に関しては、関係者間で有無がハッキリしている。と言う事は、即ち」
一周して帰還した二人は、腕を頭上でピッタリと合わせた。そして二本の人差し指でテーブルのド真ん中、丁度花瓶の辺りをビシッ!と指し示す。
「「犯人、『北極星』は二人いる!!!」」




