47章 二度目の再出発―――41:30:00
プシュー……ゴッ、ゴッ、ゴゴゴゴゴ―――!「あーあ、もっと色々見て回りたかったなあ……」
遠ざかる観光都市をカフェバーで見送りながら、義妹は捜査員が撮ったばかりの写真を手で弄んだ。その内の数枚、毒殺熱傷死体を写した物を選り分け、しげしげと眺める。
「うーん、湯気が邪魔でどれもぼやけてるなあ。何か捜査の役に立つ物が写ってないかと思って借りたのに」
「用心深い犯人みたいだし、難しいんじゃないか」
「おまけに全裸」
そう雑談していると、ガラガラガラ。下り方面から那美と車掌が戻って来た。
「どうでしたか、お二人共?」
衛兵の問いに、列車の最高責任者は渋面のまま首を横にする。
「クランとベアトリーチェさんの推理通りです。シャワールームの床はまだ濡れていた上、ビア夫人の毛髪と皮膚片が付着していました。凶器の電気ポットも、つい今朝まで使われていた形跡が」
「脱がされた服は?」
「旅行鞄の一番上に丸めて押し込んでありました。しかし、貴重品は特に手を付けられていません。あ、セミアちゃんありがとう。返しておきます」
礼を言い、ポラロイドカメラを渡す。また全部使ってるし……小声でぼやく義妹。
「で、肝心の犯人の手掛かりは?」
レイが尋ねる。
「残念ながら一切。一応ビア夫人が何か書き残していないか、荷物を全て改めたのですが……三泊四日とは思えない量の化粧品と服、アクセサリーが詰まっていただけでした」
「だろうね。被害者候補の様子は?」
「縁起でもない事を。―――帰宅しなかったまでは良かったですが、相変わらず部屋に籠城中ですよ。声を掛けてもすっかり怯え切って、一向に出て来る気配がありません」
バシッ!拳を掌に叩き付ける。
「大丈夫だと言っても、ずーっとブツブツブツブツ……いっそ引き摺り出して、一切合財尋問して情報を引き出しましょうよ。勿論、扉の修理代は先生名義で経費で落として」
「え?宝さん、流石にそれはちょっと……」
学生の戦々恐々とした視線に珍しく気付いたのだろう。わざとらしく咳払いするアルバイター。
「ま、まぁ空腹になれば、その内嫌でも出て来るでしょう。それにあれだけ警戒心剥き出しなら、犯人もそうそう近付けない筈」
「那美それ、ミステリー小説だと駄目な典型パターン……あ、コックさんだ。ただいまー!」
掃除道具搭載ワゴンを押し、車掌の後ろから現れた男性乗務員。年不相応な呼び掛けに答え、愉快げに鼻で笑う。
「ああ、お前等か。今度はあのいけ好かないババアが殺られたんだって?ハッ!いい気味だな」
「グランダ君!?」
上司の注意も、御機嫌な料理人には通用しない。
「あんただって大概腹に据えかねてたじゃないか、ビーツェ車掌。あの親子ときたら運行計画からアメニティ、食事メニューに至っては何回変更させられたか……まさか覚えてないなんて言わないよな?」
「あ、ああ……しかしお客様方の前で言う事では」
「俺達は別に構わないぜ。なあ?」
レイの呼び掛けに揃って頷く三人プラス一匹。
「既にお聞きかもしれませんが、夫人はかなり酷い状態で発見されました。どうやらあなた同様、彼女を恨んでいる人は多そうですね」
アスの指摘に、コックは反対側のテーブルに凭れ、本格的に議論へ参加する姿勢を見せた。
「寧ろ北斗社であいつ等を好きな奴の方が稀少さ。あと生憎、パレットからは死んだ事しか伝えられてない。良ければあの雌豚の死に様を教えてくれないか?―――ほう、今度も見事に予告状通りだな!」
げらげらげら。
「ねえ、良い気分ついでに教えてコックさん。遺体が運ばれたのは、スターレイン号が停車した後。誰か、不審人物を見ていない?」
「そいつは多分無え。ヘルンの政府員達が木乃伊を運び出す間、居残りの乗客は全員部屋を出るなと通達されていたからな」
「もし遺体と鉢合せしたらパニックになると思ったので―――ええ、私達は運転車で事情聴取を受けていました。彼等が引き揚げた後、私は急いで燃料と食材の補給を。グランダ君には御覧の通り、各部屋の掃除をお願いしました」
「じゃあ二号室も?」
義妹の質問に、彼は首を横へ。
「いや。降りた乗客の中にいないのは確認してたからな。一応ノックだけして、返事が無かったんでそのまま素通りした」
返答を聞き、衛兵が唸りつつ口を開く。
「そうなると、目撃証言に関してはほぼ絶望的ですね……あ、ところでベルイグさんと栗花落さんは?」
「あのお二人なら、史跡と土産物巡りでずっと街の方へ出掛けていましたよ。戻られたのは皆さんの五分ぐらい前です」
「そ、そうですか……」
ちゃっかり旅行を楽しんでるなあ、オジサン。私達も負けていられない。
「じゃあさ、コックさん。オバサンってもしかして、今朝話してたキムさんの『悪口』を言ってなかった?」
「!!?あ、ああ……そうか。じゃあ、やっぱり連続殺人犯の目的は、あいつの復讐……!!」
「それはまだ早合点かもしれないけど、納得ついでにもう一つ聞かせて。―――十一号室のターラー元弁護士。可愛い恋人と同じく、あなたも大層お嫌いなんじゃない?」
分かり易くカッ!目を見開いた彼は、無意識に後ろのテーブルクロスを強く掴む。
「……当たり前だ。あいつが弁護さえしなければ、オットーの奴は今頃とっくに刑務所へ行ってくれてたんだからな。大金積まれりゃどんな手段も平気で使うとは聞いていたが、まさか本当だったとは」
「裁判官を買収したり?」
「ははっ!本当に兄妹じゃないのか?その身も蓋も無え言い方、まるでキムそっくりだ」
一頻り笑った後、強健な体躯から重い溜息を吐く。
「―――ああ、あくまで噂だがな。一号室のボンボンには悪いが、金に弱い公務員は多いって事だ」
尤もな返事に、私達一同小さく頷いた。そして、
「なら、もう確定だね―――次の犠牲者は間違い無くあのお爺さんだよ。良かったね、やっぱり悪は潰える運命なんだ」パチパチ。「ちょっと気が早いけど、今夜は祝杯を挙げよう」
不謹慎な台詞に蒼褪める周囲を差し措いて、コックだけはお腹を抱えて大笑いした。




