表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流星疾走  作者: 夕霧沙織
46/82

45章 湯煙り現場検証―――43:50:00



「うっ……」「昨夜とは別の意味で酷いですね……」


 遺体を温泉から引き揚げた俺と那美は、同時にそう唸った。

 今度の現場は足場が滑って危ないので、立ち合いは俺と第一発見者の二人。それに捜査員の那美と信仰者主従、そして事件の一報に飛んできた宿の主人の計七人だ。残りの面子は現場検証が終わるまで、食堂で待機してもらっている。

 石の上に降ろされた遺体は、全身を覆う弛んだ皮膚が赤く焼け爛れていた。パッと見た感じ、まるで茹で蛸のよう。白く濁った目を見開き、顔にはくっきり苦悶の表情が刻み込まれていた。

「遺体は向こうの方から流れて来たんですよね、二人共?」

 那美が樹々に遮られた奥、湯の流出口を指差す。

「ええ」

「桃の如くどんぶらこどんぶらことね」

 平然と答える二人の手には、先程衛兵の差し入れたキンキン冷えのコーヒー牛乳瓶。死体を前にして、よくそんなグイグイ飲めるなお前等!?

 俺同様、余りに飄々とした発見者達に偏頭痛を覚えたのか、米神を押さえ呻く政府員。だがすぐに気を取り直し、昨夜と同じくイスラに検死を依頼した。

「分かりました。では失礼します」

 そう言うと臆する事無く屈み込み、隣人の素肌に触れる。垂れた乳房をまず真上から交互に、続いて同時に両側へ押し、訝しげな表情を浮かべた。

「どうやら死因は溺死ではありませんね。水面へ顔を浸けていたのに、肺には殆ど水が溜まっていません。―――ああ、矢張り毒物です。舌や咽喉が爛れている」

 顎と額に手をやり、開かせた口腔内を覗き込みながら断言。

「毒殺……死亡推定時刻は分かりますか?」

「全身熱傷の上、遺体は湯を漂っていました。紫斑も見当たりませんし、温度変化で死後硬直も当てになりません。専門家に解剖してもらわないと、私からはこれ以上何とも」

「そうですか。他に外傷は?」

「前側にはありませんね。少し手を貸して下さい」

「勿論」

 那美の助けを借り、遺体をうつ伏せにする。生前よりやや薄くなった後頭部(どうやらカツラで補正していたらしい)から、膨張した爪先まで観察。そしてでっぷりと脂肪の付いた尻を始め、数箇所を指差した。よく見ると皮膚が紫色になっている。

「内出血でしょうか?」

 信仰者の問いに、四天使は重々しく頷く。

「ええ、熱傷のせいでやや判別し辛いですが。恐らくここへ運ばれた際に出来た物でしょう」

「犯人は被害者を毒殺後、衣服を脱がせここまで移動させた。遺体は熱湯を浴びて酷い火傷を」

「それはおかしいです」

 声を上げたのは緋鮮温泉の主人だ。自身も温泉の愛好者らしく、四十代後半ながらかなり若々しい。おまけにかなりのイケメンだ。

「見て貰えば分かる通り、その流出口からは冷ました湯しか出ません。仮令子供が悪戯で手を突っ込んでも火傷しないよう調整してあります」

「確かに仰る通りですね。では、何処へ行けば源泉があるんですか?」

「宿の地下にある温度管理室です。ですがお客様が間違って入らないよう、入口はいつもきちんと施錠してあります。勿論今日も」

 そう言って、ポケットから銀色のキーを取り出す。

「これが唯一の鍵です。寝る時も肌身離さず持っているので、複製も作られていない筈です」イケボで懇切丁寧に補足説明した。

「成程。では、そこに侵入して熱傷を負わせるのは難しそうですね。だとすると一体何処で……?」

 とここで、列車に留守番中の車掌達へ連絡を終えたシーさんが戻って来た。無残な姿の株主から顔を背け、出発のタイムリミットは三時半だそうです、静かに告げる。

「そうですか……とても残って事情聴取を受けている時間は無いですね。済みませんが御主人」

 政府員は手帳を取り出し、一枚破ってヘルン支部の番号を書き付ける。

「こちらに電話して、遺体の収容を要請して下さい。スコルピオン氏の名前を出せば通じますから」

「はぁ……分かりました」

 困惑気味に受け取る主人が何故か、一瞬微笑んだような気がした。?突然の異常事態に、若干気分が不安定になっているのか?

「ところで御主人。失礼ですが、私と何処かでお会いした事ありませんか?」

 那美は首を傾げ、しげしげと美形中年を眺める。

「いえ、初対面の筈ですが」

「そうですか……なら矢張りデジャヴですね。変な事を訊いて済みませんでした」

 ペコリ、頭を下げる。まあ良くある勘違いだな。俺だってしょっちゅうだ。

「戻る前に状況整理をしておかないか、宝君?」ぐぅ。「その、食事を摂りながらでも」

「さんせー。もう私お腹ぺこぺこ」

 こいつ等、死体を前にして……呆れた食欲だ。だが朝食以来何も食べていない俺も手を挙げる。その光景に肩を竦める政府員。

「腹が減っては戦は出来ぬ、とも言いますしね。折角用意して頂いた物です。推理は食べながらにしましょう」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ