44章 平穏の終結―――44:00:00
「あら、遅かったわね」「セミアの髪を洗うのを手伝っていたの。ぼちぼちいい感じ、卵?」
足浴中のベアトリーチェは私の問いに、正面に浮かべた籠へ手を伸ばす。親指と人差し指で一個抓み上げ、ふりふり。
「後少しって所ね。上がるならランチまで面倒見てあげるけど」
「ううん、大丈夫。ところで」
ぽちゃん。隣に腰掛け、男子浴場との境である丸太組みの壁を振り返る。
「ああ、あの皇太子の坊やが一回覗いたぐらいよ。私が手を振ったら彼、落っこちそうなぐらい吃驚していたわ」ケラケラ。「今でもあんな事する子っているのね。年甲斐も無くドキドキしちゃったわ」
「済みません、お騒がせしてしまって」
衛兵の声は存外近くで聞こえた。どうやら精神的負担の強い湯に当たり疲れ、壁際で休憩中らしい。
「いいのよ。そうだ、丁度ぴちぴちのレディも戻って来たし、あなたも覗かない?」
「謹んで遠慮しておきます」
真面目な返答の後、クスリ。
「今露天にいらっしゃるのはお二人だけですか?セミアさんは大方水風呂の方でしょうけど」
「御明察。那美も早々に出て行ったよ。パレットさんと交替するからってさ。で、そっちは?」
「ターラーさんが一足早く出て、僕達四人もそろそろ上がろうと言う所です。KK君も撮影が終わった頃でしょう」
持病の温泉アレルギーとかで、高校生は一人別行動で宿の他の場所を取材している。ま、温泉ならセミアが入浴前に散々撮ったし、特に問題無いだろう。
「では女性陣のために、売店でコーヒー牛乳をキープしておきましょうか?」
「お、名案だね。じゃ人数分お願い」
「畏まりました」
一礼の気配後。てっきり話は終わりかと思いきや、衛兵は一層声を潜めて続けた。
「……そう言えば女王様。どうやらこちら側にも覗き魔が出たようなのです。今はもうありませんが、先程視線を感じました」
「あら、私達じゃないわよ?」
含み笑いながら否定するベアトリーチェ。
「分かっています。女湯の方角からではありませんでしたし」
「ふーん。でも、だとしたらその人、所謂枯れ専って奴?まだ美男子がわんさかいるのに覗くのを止めちゃうなんて、特殊も特殊な性癖だよね」
「ゾッとするような事言わないで下さい。……まぁ、そちらまで覗かれていないならいいんです。僕等はともかく、流石に女性だと犯罪ですから」
おやおや、随分持ち上げてくれるものだ。付いている物は然して変わりないのに。
「おい、何喋ってんだアス!?とっとと上がるぞ!」
「あ、はい!今行きます!」
ぺたぺたぺた……足音と気配が遠ざかり、やがて湯の注ぐ音以外聞こえなくなった。
「本当によく出来た坊やね。私も未婚ならアタックするのに」
「年齢差を考えなよ、お婆ちゃん」
互いにニヤニヤし、どちらともなく立ち上がる。忘れないよう竹籠を手にした時―――奥から流れて来た物体と目が合う。
「おや」「まあ」
常識の範疇では異常極まりない光景も、生憎可愛い悲鳴と縁の無い異能者達では優雅な感嘆符しか出てこない。そんな場面に現れた、可憐なヒロインが一人。
ガラガラガラ。「まあ、噂通り素敵な――――きゃあああああっっっっ!!!」
名物である赤の卯の花に囲まれた、うつ伏せでぷかぷか浮かぶビア夫人の死体。真っ赤に茹だった彼女を発見し、昨夜に引き続いて女性乗務員は盛大な悲鳴を上げた。




