42章 仏の裏側―――44:30:00
「結構来たな……」
一息吐いて振り返ると、眼下にヘルンの街並みが広がっていた。“碧の星”でも五本の指に入る大都市では、本来ならば様々な史跡や店を巡る予定だったのだが、
「おーい、二人共!ちゃんと遅れずに来いよ!!」
談笑しながら五十メートル程後ろを歩く女王達に声を掛ける。こうして見ると仲良しの孫と祖母そのものだ。心なしか飼い犬を撫でるクランの表情も柔らかく、心底旅行を楽しんでいると分かった。
「ふぅ……久し振りに沢山歩いて疲れた。早く熱い風呂に入りたいものだ」
「爺さんも大概元気だな。そう言や、引退した今は何を?」
道中自然と横に並んだターラー元弁護士は、一センチ程生えた白い顎鬚に手をやった。
「現役時代に懇意だった三社の顧問役と、幾つかボランティア団体のスポンサーを。つまりは殆ど仕事していない、悠々自適の生活と言う奴だ」
「へえ、そいつは羨ましい。ところで昨日パレットさんが言っていた事件って―――もしかして、キム・ニーの?」
質問に、隠居者は嘆息した。
「あぁ、その通り。告発したのは彼の父親だ。社長を交え、示談にしようと何度も説得を試みたのだが……全く、頑固な上に阿呆で身の程知らずな貧乏人、いや」頭を振る。「息子想いの親御さんだったよ」
おいおい……こりゃ二人の乗務員が怒る筈だ。この爺さん、聖人君子は外面だけで、性根に問題ありまくりじゃねえか。
「ところで後ろのお嬢さん、一国の女王だそうじゃないか。どうだろう?もしもの訴訟に備えて弁護士を雇う気は」
「生憎うち、予算が無いの。でも御親切にどうも、お爺さん」
追い付いた彼女達は目で合図し、俺を伴って疲弊した元弁護士を追い抜く。会話が聞こえない距離まで離れた所で、列の中央を歩くラント達に追い付いた。
「よう」
俺の呼び掛けに、先に四天使が振り返る。
「ああ、レイ。クランベリー達も速いですね。それとも私達が遅いだけでしょうか?」
「おや、レイ君。ターラー弁護士はどうしました?先程話し声が聞こえていたが」
「あ、いや……」
やや言い辛かったが、結局尋ねてみる事にした。
「あのさ、ラント。あの爺さんはその、悪い噂とかあるのか?いや、他意は無いんだが、結構恨まれる職業だろ弁護士って」
「そうですね……大きな声では言えませんが、彼は報酬で依頼人を選ぶと聞いた事ならあります」
「金の亡者って事か?」
「まあ彼は大ベテランですし、顧客に富裕層が多いのは当然でしょう。弁護料も事務所ごとの裁量如何で、特に法律で規定がある訳でもありません」
庇うような発言の後、司法の使いは眉根を顰めた。
「―――尤もそれも、良識の限度を弁えた上で、の話ですが」
苦渋の裏では恐らく、最近収監された誰かさんの面を思い浮かべているのだろう。もうお前等結婚しちまえ!末永くお幸せにな!!
「良くも悪くも選択の自由があるんですよ、弁護士は。捜査者の検察や、裁く本官達とは違って……」
「あら、絵に描いたような守銭奴って訳。素敵。でも―――きっと今に罰が下るわね」「!!?」
老婆は赤い瞳を微かに輝かせ、そう思わない、クラン?隣の同胞に問う。
「さあね。あ、見えてきたよ。意外と大きい宿だね」
「くーん?」
女王が指差す樹々の間から覗く、頂上付近に聳え建つログハウス。まさかそこで第二の事件が起こるとは、勿論犯人とクラン以外知る由も無かった……。




