40章 少女との約束―――46:20:00
「あ、ミアちゃんだ。おーい」
朝食を終え、私はヘルン到着の十二時までのんびりを決め込む事にした。アスとレイは自主的に食堂の片付けへ向かい、イスラもパレットさんの診察へ。ラントは特に何も言っていなかったが、部屋でないなら恐らく後輩の所だろう。
先の声は取材原稿の下書き中の妹を残し、向かった共同トイレで発した物だ。
丁度個室から出て来た少女はビクッ!となった後、キョロキョロしながら手招きで私を呼んだ。廊下には保護者の社長夫人含め、誰の姿も無い。
「おはよ。昨日のお昼以来だね」
「お、お姉ちゃん!?天井から変な物音がするの!とにかく見てみて!!」
「いいよ」
動揺冷めやらぬ彼女をボビーに任せ、半開きになったドアから個室へ。新品の便座に登って天井の羽目板を押すと、ガタン。あっさり上へ動いた。となると、
「―――ねえ、聞こえてるんでしょ。何か彼女に渡しておきたい物は無い?」
廊下に聞こえないよう、頭上に広がる闇へ囁いた十数秒後。ザリザリッ……大きな何かが這う音と共に、頬へ軽い物が当たる。跳ね返ってカツン、床に落ちた。
「ありがと。ちゃんと返しておくからね」
天板を元通りにし、早速その髪留めを拾う。使い込んで先端の塗料が剥げた黒の本体の真ん中に、愛らしい埴輪車掌の顔がくっ付いていた。欲しい!ネコババしたい!だがしかし、それは赦されない禁断の愛!!うぅ……!
内心の葛藤を堪えつつ、どうにか廊下へ。私の差し出した物に、ミアは腰を抜かしそうな程驚いた。小さな手に素早く髪留めを握らせ(後でパレットさんを捕まえて、何処で売っているか教えて貰おう……)、再度左右の無人を確認する。
「もう戻って。ところで温泉には―――そっか。じゃあ帰ったら温泉卵でも差し入れに行くよ」
「本当?あの、お姉ちゃん……今上にいたのって、もしかして」
「ミア!!?」
「どうやら時間切れみたいだね」
肩を竦めている間にも、下り方面の廊下からズンズン迫る社長夫人。顔を真っ赤にし、戻って来るのが遅いから心配したのよ!?いきなり怒鳴り付ける。
「ご、ごめんなさい……」
「ミアちゃんは悪くないよ。丁度トイレットペーパーが切れちゃってて、私が来るまで出るに出られず困っていたの。ね?」
「う、うん……」
咄嗟の嘘に、だが夫人はあっさり胸を撫で下ろす。
「何だ、そうだったの。済みません、うちの娘が御迷惑を掛けて」
「袖振り合うも多生の縁。困った時はお互い様だよ」
にっこり。
「―――でも、見つけたのが私で良かったね『オバサン』。車掌さんが巡回中だったら危なかったよ?」「っ!!?」
ふむ。動揺する様は本物としか思えないが、『万里眼』はほんの僅かな違和感を捉えた。成程、よくここまでの逸材を見つけた物だ。
「行こう、ボビー。そろそろ降りる支度しなきゃ」
私はそう言って唇を戦慄かせる彼女から目を外し、通路を軽やかに戻り始めた。




