39章 禁忌の名―――49:46:00
「……『殺生』なら」「え?」
それまで伏し目がちだった女性乗務員はキッ、真っ直ぐ顔を上げる。
「一通目の予告状の『殺生』なら、一人心当たりがあります。オットー・ビア……同じ空気を吸うのも厭な程卑劣な、最低最悪の人殺し」
「シー君!?」
「少し調べれば分かる事です、車掌。法の判断が仮令どうあろうと、彼が昇進目当てにキムを殺したのは間違い無いんですから」
キムって、さっきの話出たばかりの―――ええっ!!!?
「こ、殺した!?その、クランに似た人をですか!!?」
「ええ。副車掌だって、本来は彼が就く筈だったんです。栄誉あるスターレイン号のデザイナーとして……でも、彼の心血籠もった設計図を、オットーは命ごと奪い去った!!」
恋人の叫びが聞こえたのだろう。フライパンにオムレツを乗せたまま、キッチンからコックが慌てて駆け込んできた。「どうした、パレット!!?」
「あ……ごめんなさいグランダ、声を荒げてしまって。今、政府員さんにキムの事を説明してて、つい……」
「あいつの?今朝見つかった手紙と何の関係が……まさか、いや、でも……」
よさないか二人共!それまで黙っていた最高責任者が制止に入る。
「君達三人が同期入社で、大変仲が良かったのは私も知っている。だが、あれはれっきとした事故だったんだ。いい加減忘れてくれ」
「人気の無い崖へ呼び出された上、一人勝手に墜落したのがか!?」
バンッ!柄を叩かれた衝撃で、黄色い三角形が華麗に百八十度回転した。
「ああ、ビーツェ車掌。あんたの立場だって分かるさ。北斗社はこのプロジェクトに社運を懸けている。今スキャンダルが発覚すれば、会社は確実に倒産だ。けどな」
「ストップ!内輪揉めは後にして下さい!!」
両腕を広げ、捜査員が強制中断命令を掛けた。
「あと、あなたは先にオムレツの処理を。折角の料理が冷めてしまいます」
「シー君もサーブへ回るんだ。直に残りのお客様方も来られる」
「でも……はい」
半ば強引な終了宣言に、渋々各々の持ち場に戻る乗務員達。二人の背を見送り、車掌は疲れた風に首を横へ振った。
「済みません、お見苦しい所を。全く、あれからもう八ヶ月も経つと言うのに……」
その言い草に、俺は心底カップルに同情した。親友を失った上、当の犯人にのうのうと同僚面されるなんて、殺意の一つや二つ沸いてもちっともおかしくない。まして奴は、傷心の彼女に平然と言い寄っていた。彼等が殺人を犯したとは思えないが、動機なら十二分にある。
「仮にそのキムチとか言う男の復讐だとすれば、だ。脅迫者の目星もある程度付くのではないか、車掌?」
振り返ったオッサンの質問に、クランが片眉をピクリと動かす。
「へえ、おじさんにしては悪くない質問ね。ま、今のやりとりなら至極当然の流れだけど」
「何時までも木乃伊と旅行などゾッとせんからな。今回ばかりは我輩も知恵を絞ってやる」
「あっそ。で、どう?」
車掌はしばらく顎髭に手を当てて悩んだ後、徐に口を開いた。
「一人だけ……キム・ニーの父親です。裁判を起こしはしたが、結局証拠不十分で敗訴した」
司法が裁けぬなら、って訳か。
「しかしスターレイン号に、ニー氏は絶対に乗っていません。昨日出迎えた際、私は念のためお客様全員の顔を確認しました」
「最後の乗客以外は、ね」
「グラシア・フェン様の事ですね。いえ、それでも有り得ません。昨夜列車内を隈なく捜索しましたが、彼は文字通り煙のように消え失せてしまいました。今朝予告状を挟むなど不可能です」
「ふぅん……じゃ、次の被害者の当ては?」
「それこそある訳がありません!ああ、宝さん!お願いです!!」
哀れっぽく叫び、強引に那美の手を取る。
「息子達の命が懸かっているんです!どうか、犯人を刺激するような事だけは……!!」
「え、ええ。分かってはいますが、かと言って見て見ぬフリで犠牲者を出すのも……うぅ」
恨めしげな視線の先には情報収集を終え、用は済んだとばかりに食堂へ引き返す少女とラフ・コリーがいた。




