34章 真冬の星空に囲まれて―――56:55:00
夜間照明の灯った廊下を通り、主不在のため休業中のバーを抜ける。到着したのは一号車との境にあるベランダスペースだ。ウイスキーで軽く火照った頬に、車両の間を通過する夜風が心地良い。
手摺りに両肘を突き、流れ行く冬の星をぼーっと眺める。だが、静寂の時間はそう長くなかった。
ガラガラガラ―――パサッ。「そんな薄着だと風邪引きますよ」「くーん」
肩に掛けられたウールのカーディガンからは、微かに衛兵と同じシャンプーの匂いがした。足元に引っ付いたラフ・コリーが温かい。爪先でお腹を突くと、くすぐったそうにその場をくるくる回った。
「隣、構いませんか?」
「どうぞ」
寝支度の途中だったらしく、彼は野暮ったいトレーナーに着替えていた。右肘を手摺りに置き、私と同じ方角をぼんやり見つめる。
「那美は誰が犯人だって?」
「それどころじゃありませんでしたよ。女王様が犯人扱いされて、ラントさん以外皆さんカンカンで猛抗議だったんですから」
溜息。
「取り敢えず全員で説得して、命令は取り下げてもらいました。でも、くれぐれも彼女を下手に刺激しないで下さいね」
「はいはい。御苦労様」
沈黙。
「食事はベアトリーチェさんの所ですか」
「へえ、よく分かったね。実はアスも『万里眼』保持者だったり?」
片眉を上げて褒めて進ぜる。
「そんな訳ありませんよ。何処からどう見ても未成年の女王様にアルコールを振舞う奇特な方なんて、他に乗っていないですから。―――昔話は弾みましたか?」
「まぁね」
「失礼でなければ、馴れ初めを聞いても宜しいですか?」
私を何だと思っているんだ、この衛兵は。心中で苦笑する。
「期待する程大した物じゃないよ。彼女がお昼前に下校してた所に、近付いた私がいつもの質問をして意気投合。そのまま夜まで遊んでいたってだけの話」
「えっ?ではたった半日付き合った友人を、お互い数十年間覚えて?」
「同じ異能持ちなんて、忘れたくてもそうそう忘れられないよ」
ガタンゴトン、ガタンゴトン……遅れを取り戻そうと、スターレイン号はひたすら車輪を回す。最早今日になった目的地である観光都市へ向けて。
「四人の捜索願を出すのは、ヘルンに到着してからだそうです。既に五時間も遅延しているので、これ以上の停車はスケジュールの都合上厳しいとか」
「子供の命が懸かっているしね、賢明な判断だよ。レイとセミアはもう寝た?」
「ええ。二人共、那美さんの悪口を寝言にぐっすりです」
「じゃあ帰っても大丈夫だね」
腕を組み替え、改めて顎を乗せる私を見つめ、家臣は静かに告げる。
「本当に、今までに無い憤怒振りだったんですよ。ですから、女王様―――少しは僕達を信じて下さい」
はーっ。吐いた白い溜息は、一瞬で夜闇に掻き消された。
「皆さん、女王様が弁解もせず出て行かれた事にも怒っていましたよ。レイさんなんて半泣きで……そんなに頼りないですか、僕達は?」
「正直に言っていいの?」真剣な横顔を窺い、欠伸。「……悪かったよ、御免。ちょっと一人で考えたかったの」
「くーん」
ボビーが鼻先をお尻にくっつけ、寒いからそろそろ部屋へ戻りましょう御主人、とでも言いたげに擦り付けた。長毛しかもデブ犬のくせに、堪え性が無さ過ぎだ。
「事件の事を、ですか?」
「ねえ、アス」
瞼を閉じ、狂ったように自転車を漕ぐ友人と見た逢魔が時の空を思い出す。
―――見て、クラン!もう北極星が輝いているわ。流石は私達の守護星ね!
―――道理でお腹空いた訳だ。折角だから奢ってあげるよ。何がいい?
―――ラーメン!味噌味のチャーシュー鬼盛りで!!
結構美味しかったな、あの屋台。もうとっくの昔に畳んだだろうけど。
「―――那美の言う通り、私が犯人だったらどうする?」
問い掛けに、衛兵は軽く肩を竦めた。
「どうもしませんよ。埴輪車掌窃盗事件の自首でしたらお付き合いしますけど」
「やらないよ。でも宜しい」
褒美に頭を撫でて進ぜよう。




