33章 赤い推理―――57:20:00
「―――でも、本当に良かったの?あの政府員のお嬢さんに犯人を教えてあげなくて」
悪戯っぽく言い、更に言葉を続ける。
「腕力の実績しかない彼女に、推理なんて到底無理だわ。当然、この事件の犯人を捕まえる事も。だからと言って、上司は強くない分もっと酷い。よくあれで連合政府が雇ったもの」
「手厳しいね。その分だと、私の連れ達もとっくに把握されてるのかな」
「勿論。何なら一人ずつ順番に言っていきましょうか?」
「是非」
残った水をグラスに注ぎ切り、空瓶と折詰をゴミ箱へ。そうしてから両手を組み、彼女は勿体振って話し始めた。
「あの政府員、宝さんと言ったかしら。新人の上に正規職員ではないわね。制服を着ていないし、手帳もまだ真新しいもの。御家族は祖父が一人。でも高齢のせいかしら、孫の点てた抹茶を飲んでいても中々風邪が治らなくて伏せがちね」
コクッ。
「彼女の武器は、恐ろしい威力の徒手空拳。でも誰かに師事した物ではないわね。いえ。寧ろ周囲は、彼女が武道に入れ込む事を強く警戒していた。正義感は大した物だわ、口よりかなり先に手が出てしまうのが偶に傷だけど」
「パーフェクト。種明かしをお願い」
「お褒めに預かり光栄ね」
ニッコリ。
「家族の件は至極簡単よ。出発の直前、廊下で携帯を使っていたのが丸聞こえだったの。茶道はディナーの時、袖に付いていた抹茶の粉から。旅先でも点てるなんて、よっぽど習慣付いているのね」
チッ、この老眼知らず婆め。目敏過ぎるぞ。
「戦闘能力だって、少し観察すれば分かるわ。彼女、平時でも人の数倍アドレナリンを分泌しているし、無意識にも身体運びが常に臨戦態勢。ちゃんと指導を受けたなら、せめてそれぐらい矯正されている筈」
「正義感云々は?」
「旅行鞄にお礼の手紙とペロペロキャンディーが刺さってた、白紙の始末書とセットでね」
成程。同胞ながら見事な推理力だ。
「あと、上司とは仲が悪いようね。頑固者同士で馬が合わない上、同行している女中さんとの三角関係が決定的な罅。ついでに肉類食べ過ぎに因る体臭もね。あれ、年頃の娘さんにはさぞや厭でしょう」
一気に喋って疲れたのか、眠気を覚ますように瞼を擦る。
「一方彼の側から見ると、まーなんて生意気な小娘!身近にもああ言う口煩い女性がいるかしら?亜麻仁油の香りがする女中さんが大事なのも、きっとその反動ね。ふぁ」
移って私も欠伸。
「で、もう終わり?」
「まさか。次は読書家の妹さんの番よ。彼女、つい最近まで身長が低かったのね。髪の生え際に、列車の連結部でぶつけた痕が三つもあったもの。―――?その程度、人差し指に出来た捲りタコを見れば一目瞭然よ。でも壁際の時計を見る時に一瞬目を眇めていたから、少し近眼が始まっているみたい」
「待って。どうして妹だと?」
最近は専らちゃん付けで呼ぶし、身長差を考えても姉と予想するのが普通だ。
「あら、前に言っていたじゃない。旧世界の家族の中で、日常的に本を読むのはお兄さんと妹さんの二人だけだって」
「でもセミアとは血が繋がっていないし、私とも全く似ていない」
「姿形は、ね」
えくぼを作る。
「だけど、隣に並んだ時の無意識の仕草や視線、あと会話の間の取り方。長時間近しく過ごしていたと断定するには、その程度の情報で充分。それに覚えてない?私が面白かった本の話をした時、『それなら知っている』」
「『セミアがこの間、聞きもしないのに耳元でベラベラ粗筋を話していたから』……そうだった、すっかり忘れてたよ。私も年だね」
断って靴を脱ぎ、ソファの上で丸くなる。ベッドサイドのの時計を見ると、あと十分で日付が変わる時刻だった。
「あなた『を』好きな彼に関しては、特段面白いトピックスは無いわね。精々左腕が妖族仕様なせいで、多少コンプレックスを抱いている事ぐらいかしら?で、最後はお待ちかね。あなた『が』好きな彼だけど―――」
ニヤリ。「―――うふふ、とても『眼』の使い甲斐のある男性ね。優しくてハンサムだし、毎日一緒にいられるクランが羨ましいわ」
『魔人眼』が意地悪げに輝き、すらすらと言葉が紡ぎ出される。
「いつも真面目に働く彼は、けれど酷い水恐怖症ね。ドリンクが視界に入った時、無意識に強く瞼を閉じたもの。正気を保って旅行に出掛けられるのは、ひとえに妹さんの夢を司る能力のお陰。でないとまた暴れ出して、あなたみたいな怪我人が出るものね」
ここぞとばかり本気を出してきたな、この婆。
「彼の武器の持ち方は見た事あるわ。“蒼の星”の何処かの港街の自警団、そこに代々伝わる槍術とそっくり。加えて彼、かなり古めかしい言葉遣いよね。あのイントネーションはまるで一世紀前の」
「そこまでだよ、ベアトリーチェ」
上体を起こし、蒼い『万里眼』で同族を睨み付ける。
「あら、気に食わなかった?」年齢不相応におどけてみせる。「でも危害を加えないだけ、彼の抱えている『問題』より遥かにマシでしょ?」
「現時点では、ね」
台詞とは裏腹に、彼女は靴を履き直して立つ私を引き留めなかった。ドアを開け、室内を振り返る。
「―――御馳走様、『赤の北極星』。また明日」
「ええ、まだ旅は三日もあるんだもの、『蒼の北極星』。お互い、もう二度と来ない機会を思う存分楽しみましょうね」
バタン。




