32章 懐古する友人達―――57:40:00
「適当に座って。今準備するわ」「ありがと」
テーブルの折詰以外、先程とほぼ変わらない三号室。二人分にしては小さくて可愛らしい旅行鞄も、相変わらずソファの端に置いてある。
ギシッ。暇なので空の車椅子に座ってみる。そこへウイスキーとミネラルウォーター、そして二つのグラスを手に戻ってきた友人は目を丸くした。
「何やってるの?」
「座り心地の確認。でも、ちょっと期待してたでしょ?」ウインク。
意図を悟った彼女は割れ物をテーブルに置いた後、お腹を抱えて大笑いした。挙句ひきつけを起こし、何度か咳き込む。
「クランは本当に変わらないわね!あぁ可笑しい……!!」
どうにか落ち着き、未だ震える手でウイスキーの水割りを作り始める老婆。
「あなたは生の方がいい?生憎年には勝てなくてね、しばらく前から薄めないと飲めなくなったの」
「なら私も割って。どうせ酔わないんだし、勿体無いから」
「ああ、そう言えばそうだったわね」
琥珀色の液体で満ちたグラスを受け取り、私は改めてソファへ座る。
「では―――四十七年振りの再会に乾杯」「乾杯」チン。
ウイスキーで咽喉を湿らせながら、ベアトリーチェはテーブル上の折詰を開く。
「一応グラシアの分を貰っておいたの。私はもう食べたから、遠慮せずどうぞ」
「ありがと。では早速」
グサッ!フォークをメインディッシュのチキンステーキに突き刺し、もぐもぐ。
「へえ、美味しい。流石はスイートのディナーだね。って言っても、結局ツインの料理は一口も食べず仕舞いだけど」
続いてはサラダ。よく見ると、生野菜はこれ一品だけだ。どうやら発車前に粗方仕込みをし、直前には温めと盛り付けのみを行っているらしい。まぁただでさえ手が二本少ないし、当然か。
「こうやってあなたとお酒を酌み交わしていると、嫌でも昔を思い出すわ」
―――飲めるの、それ?
―――大丈夫よ。封はちゃんとしてあるし、濁りも特に無いわ。
「河から流れてきたお酒を飲むなんて、今考えるとよくお腹を壊さなかったものだわ」
「しかもその後、自転車で夕暮れの河原をかっ飛ばしたりしてね」
―――このまま海まで行っちゃいましょう!
―――無理だってば、酔っ払い。一体何百キロあると思ってるの?
―――大丈夫、朝まで漕ぎ続ければ辿り着けるわ。
―――そんなの体力が保つ訳無いでしょ。
お互い郷愁に浸り、暫し沈黙が続いた。料理の咀嚼音と、時折グラスにお代わりを注ぐ以外は。
「……ふぅ、ご馳走様」
完食した折詰に蓋をし、二杯目のウイスキーで脂っぽい口内を洗い流す。そうしてから酔いが回り、とろんとした目の親友を見やる。
「―――『万里眼』だってさ、私達の目。セミアが名前を付けてくれたの」
「あら、そう……それは残念だわ」
ソファの背に皺の浮き出た首を預け、天井を見上げながら呟く。
「随分前、私も大事な人に命名してもらったの―――『魔人眼』、中々皮肉が効いていいでしょう?凄く気に入っているわ」
「そうだね。ベアトリーチェにはピッタリだと思うよ」
「ありがとう。クランならきっと分かってくれると思ってた」
幸福な溜息を吐き、旧友はうっとりと瞼を閉じた。




