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流星疾走  作者: 夕霧沙織
23/82

22章 緊急停止―――62:50:00



 グラスを傾けつつ窺った隣人は、視線に気付いて年甲斐も無くウインクした。試合開始のタイミングは任せる、と言う事らしい。全く、泣けるぐらい素晴らしい御配慮だ。

「ぷはっ!さあさ、やっとお待ちかねの飯だ飯!!」

「ちょっとレイ、下品だよ!私達まで同類と思われるじゃない」

 硝子を挟んで数十センチ先の変事を他所に、暢気にそう喋る二人。その様子を微笑みながら見つめた向かい席の衛兵は、グラスが空いていますね、料理の前にもう一杯ドリンクを頼んできましょうか?優等生らしい提案をした。

 再度政府員を確認すると、相変わらず腕組みしたまま微動だにせず警戒中。ん?そう言えば、さっきから一向におじさんと栗花落さんの姿が見えない。まさか経費が落ちなくてお弁当とか?

 正面では大役を終え、脱力した裁判官が席に着いていた。

「お疲れ様です、ラント。とても素晴らしいスピーチでした」

「ありがとうございます。あぁ、まだドキドキする……うう」

 胃の辺りを押さえ、残ったシャンパンを一気飲み。労いに訪れた車掌に水を頼む。

「そうだな……んじゃ、俺赤ワイン。クランも飲むだろ?セミアはどうする?」

「んー。この後もあちこち撮影するし、今日は烏龍茶にしておくよ」

 料理が来てもあれだし、そろそろ言うか。にしても三人共、見事に気付いてないな。端で見ている分には面白いから、しばらく放っておきたい気もするんだけど。

「クラン」

「はいはい」

 全く、急かすぐらいなら自分でやればいいのに。

 私は無言のまま左手にある窓へ目線をやり、対象物を観察。さっきより大分下りて来ている。向こうも気付いて欲しくて焦れているのか?

「?女王様?」

 先に異変を察したのは矢張り衛兵だ。一応私を好きなくせに、皇太子殿下は観察力が無さ過ぎる。

「どうかなさい――――あ……!」

「おい、何だよアス。間抜けに大口開けやがって」

 硬直する同性をせせら笑う正面で、義妹が首を傾げた。

「何か見えるの?あ、もしかして満天の星空!?なら食事前に一枚撮っておこうっと」

 そう暢気に言い、残る二人もほぼ同時に窓の外を振り向いた。

 セミアの望み通り、冬の星空はうっとりする程綺麗に瞬いていた。だが、流石に額と眼球から流血した死体との斬新なツーショットはノーセンキューだったようだ。

 上下逆転する黄色く濁った目と目が合い、たっぷり十秒後。


「わぁああああああっっっっっ!!!」「きゃあああああっっっっ!!!」


 食堂中に、惚れ惚れする程の悲鳴が響き渡った。




「どうなさいました、お客様!!?」


 一早くキッチンから駆け込んできたのは、給仕に回っていたパレットさんだ。私とベアトリーチェの間で立ち止まり、客達が指差す窓を確認。へばり付いた惨状に、咄嗟に口元を押さえる。


「……ットー……?嘘、そんな……ぁ」バタッ!「シーさん!?大丈夫ですか!!?しっかりして下さい!」


 衛兵に上半身を抱き止められた女性乗務員。だが真っ青な唇を震わせた彼女は、ショックで完全に意識を失っていた。

「ぎゃあっ!!」

「今度はどうしたの?……ああ」

 再び窓に目をやると、死体は消えていた。どうやら視線を外した隙に落下したらしい。


「パレット!!」「シー君!?」


 狭い通路で身体を捻りながら、コック服を着たラガーマン(だって体形がズバリそうなんだもん)がダダダッ!こちらへ駆け寄って来た。数秒遅れて車掌も後に続く。

 到着したコックは膝を折り、介抱するアスから彼女を引き取った。頬を叩き、必死に名前を呼ぶ。

「ちょっと御免ね」

「あ、おいクラン!!?」

 私は席を立ち、彼等の脇を通って食堂出口へ。突然のお祭り騒ぎに興奮したのか、這い出したラフ・コリーもちゃっかり付いて来る。とは言え、目的地はすぐそこなんだけどね。

 無人の二号車へ到着後、即出入口に歩み寄る。勿論走行中のため、ドアはロックされている。そして脇には、無防備なまま放置された埴輪車掌……はひとまず置いておいて、用があるのは彼の後ろの非常停止スイッチだ。

 両手で恭しく車掌を持ち上げ、横に数十センチ移動願う。そうしてから頑丈そうな硝子のカバーに腕を伸ばしかけ、止めた。


「ちょっとクラン!?責任者の私に断りも無く、勝手に飛び出して行かないで下さい!!」


 そう叫ぶなり、那美は驚異的破壊力を伴う回し蹴りで硝子を一撃粉砕した。バラバラバラッ!床に落ちる破片。

「御苦労様。やっぱり那美は頼りになるね」

「褒めるぐらいなら一言……とにかく一旦停めますよ!何かに掴まっていて下さい!!」

 そう命じた鬼女が拳をボタンに叩き付けた、次の瞬間。甲高いブレーキと共に、時速四十キロの慣性が全身に掛かった。私は握った手摺りに全体重を預け、ボビーは床に這い蹲る。

 一分程経ったのだろうか。爪先だけで衝撃に耐え切った政府員が、手動に切り替わったドアを力づくでこじ開ける。


 ごごごご……外灯一つ無い夜の闇と冷気が押し寄せ、反射的にブルッ、二人と一匹の身が震えた。


「見事に真っ暗ですね……遺体を捜すなら明かりを借りてこないと」

「本気で?」

「当たり前でしょう。と言うか、放っておくつもりなら何故停車させようとしていたんです?」ご尤も。

 ドヤドヤドヤ!那美に遅れ、ようやく仲間達と車両関係者もこちらへ移動してきた。

「おい、我輩の運転を止めおったのは貴様等か!?」なぬ?

「来るのが遅過ぎますよ先生!車掌、懐中電灯を貸して下さい。墜落した遺体を捜索してきます。クラン、遺体の人相は?」

「倒れる前に確か、パレットさんが『オットー』とか言ってたよ。車掌さん達なら知っているんじゃない?」

 仰天する責任者に、確か遅刻した副車掌の名だったな、珍しくおじさんが仕事した。

「え、ええ……会社からも何度も家に電話しているそうですが、一向に出ないと。しかし、まさか亡くなっていたとは……!?」

「ちょっと待つんだ、宝君。彼の母親が二号室の乗客なんだ。しかも、現在も食堂で待機している」

 先輩の指摘に、腕組みで思案する事十数秒。

「……事実関係がハッキリするまで、彼女含め一般の乗客達には事情を伏せておきましょう。車掌は私達が出発後、直ちに彼等を各部屋まで誘導しておいて下さい。今夜は自室から出ないように、とも。コックの彼は介抱を?」

「はい。今、イスラさんが診察中です」

 はきはきした衛兵の返答に、大事が無いといいのですが……、上司を完全に差し置いて仕切り人は低く呟いた。

「分かりました。取り敢えず、パレット・シーの事は二人に任せましょう。私達は急ぎ線路を辿り、墜落したオットー・ビア氏を発見しないと」

「我輩は行かんぞ!こ奴を殺人者がいるかもしれん車内に一人残せるか!?」

 そう言って隣の女中の肩を掴む姿は、本気で捜査官の面汚しだ。いい加減その態度には慣れているのだろう、那美は小さく嘆息した。

「あぁ、言うと思いました。大丈夫ですよ、栗花落さん。先生なんか連れて行っても、転ぶか野犬と喧嘩を始めるのが関の山です。今回に限っては運転もやってもらっていますし、最初から人数に入れていません」

 成程。道理で先程、運転手の筈の車掌が挨拶に出て来られた訳だ。でも、おじさんにしては意外な特技だな。何時習ったんだろう?

「はい。では旦那様は電話をお借りして、政府館の方へ連絡しては如何ですか?確か停車中は通話可能なのですよね、車掌さん?」

「え、ええ。ですがそれは、オットー君の安否を確認してからでも遅くないでしょう。幾ら不真面目な同僚とは言え、生死不明は流石に不安です」

 今の彼には、これでも精一杯の嘘なのだろう。全く、酷い事をするものだ。

「確かに二度手間だな。そう言う訳だ小娘、とっとと行ってこい」

「待った。那美、俺も一緒に捜しに行く」

 皇太子に続き、律儀な衛兵も手を挙げる。

「僕も行きます。女性一人で夜の、それも道無き道を歩くのは危険です」

「アス君……だったら本官も付いて行こう。四人ならそうそう見落としはしない筈だ」

 奇特な志願者達に、政府員は深く一度頷いた。


「ありがとうございます、皆さん。では、準備が出来次第出発しますよ!」



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