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流星疾走  作者: 夕霧沙織
19/82

18章 挙動不審なマジシャン―――64:00:00



 再度走った緊張を解いたのは、下り方面のドアの開く音だった。

 現れた臙脂の燕尾服の男は、見た目三十代後半。肩まで茶髪を伸ばし、俺ほどではないが中々イケる顔立ち。左手のステッキをくるくる回しながら、俺達のいるカウンターへと近付く。

「マスター、酒を一つくれ。出来ればビール」

「済みません、お客様」

 ペコッ、きっちりとした角度でお辞儀。

「今はカフェの時間でして、生憎アルコール類は置いておりません。バーは夜十時から翌二時までの営業ですので、是非ディナーの後に御利用下さい」

 元弁護士の時とは打って変わった誠実な応対に、ありゃ、そうなのか?ハードボイルドは一転目を丸くした。

「はい。詳しくはチケットに同封されていた、車両案内のパンフレットを御覧下さい」

「パンフ?―――あ、ああ、あれねあれ」

 目を泳がせながら手を叩く様子に、マスターは苦笑一つせず手をカウンター下へ。流れるような動作で、俺のズボンのポケットに突っ込まれたのと同じ小冊子を取り出す。

「因みにこちらになります。宜しければどうぞ」

「あ、ああ……済まねえ、助かるよ」

 そう礼を言い、ぎこちなくはにかむ。

「実はその、家に忘れてきちまったんだ。しかも最近仕事が忙しくて、殆ど読んでなくてさ」

「何だ、なら俺達と変わらないな。俺はグレイオスト・クオル、レイって呼んでくれ」

 真横から伸ばした手に、男は吃驚しつつも応じた。肉体労働者だろうか、結構分厚い掌だな。

「御丁寧にどうも。俺はカーシー・ロイド。これでも一応手品師の端くれだ」

 全然違った。

「ほう。あのカードマジックで有名なMr.Rも招待されていたのか。これは楽しみだな」

 ターラー氏の歓待振りに、何故かマジシャンは一瞬怯えた表情を浮かべた。しかし成程。それならパンフレットを参照する時間が取れなかったのも頷ける。目の下にクマがある事から、きっと昨日も夜遅くまで営業活動していたのだろう。

「って事は、その内ショーを?」

「さ、さあ……?車掌からはまだ特に何も。でも、折角こんな豪華列車に乗れたんだ。道具は一応持って来ているけど、出来れば旅行中ぐらいは仕事を忘れてのんびりしたいなあ……」

 ん?何か、本業の割にすげえ嫌そうだな。マスコミ関係者が乗車している上、株主初めパトロン候補もチラホラ。絶好のアピールチャンスだと思うのだが。それとも既に方々から引っ張りだこで、純粋にバカンスを楽しみたいだけか?

(後でどれ位の有名人か、セミア辺りにでも訊いてみよう)

 しかしマジック、なぁ……姉さんみたいに、俺も母さんから一つぐらい習っておけば良かった。

「そんなに多忙なんですか?」

「ええ、特にここ数日は死ぬ程……」

 ゲストのげっそりした口調に、シーさんはジェスチャーで椅子へ掛けるよう促す。

「それは御苦労様でした。他にも分からない事がありましたら、何時でも私達スタッフへお尋ね下さい。取り敢えずMr.R。乗車記念に、北斗社オリジナルブレンドコーヒーは如何です?」



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