11章 ロイヤルスイート・ゲスト―――66:00:00
「いけません!」「あら、いいじゃない。オットーもいないし、お隣同士仲良く乾杯しましょうよ」
五ミリはある厚化粧の、如何にも大富豪なオバサン。彼女に絡まれていたラント・アメリアは、連れが中で待っているんです!水滴の現れ始めた茶入りコップ片手に半泣きで叫んだ。
「あなたもだけど、お連れの人も随分綺麗な方よね。今夜ワインを奢ってあげるから、この寂しい小母さんに付き合って頂けない?」
「残念ですが、本官達にはもう予定がありますので!」
本気で否を告げるも、尚も中年女性も執念深く食い下がる。
「まあ、ムキになっちゃって。公務員様は庶民となんて付き合えないって事?」
「いえ、そうではなくて、うぅ……」
ここが限界か。仕方ない、助けて進ぜよう。
「ラントおにーちゃん!!」「わっ!!?」
勢い良く飛び付かれ、吃驚仰天。その口が開く前に言葉を続ける。
「あれ、この小母様誰?ラントお兄ちゃん、宇宙で一番私が大好きだよって言ってくれたよね……?」
うるうる。
「へ?な、何を唐突にとんでもない事を」
「うわーん!お兄ちゃんの浮気症!馬鹿馬鹿馬鹿ぁっ!!」
ぽかぽかぽか!手加減しつつ拳で殴る。
「く、くーちゃん?」
「クランさん?」
突然始まった修羅場に、予想通り真っ赤なルージュがピクピク引き攣り始める。そして数秒後サッ!踵を返した。
「お、お邪魔みたいだから、私は部屋に戻るわ……さようなら」
「ちょ、ちょっと!?」
ぱたぱたぱたっ、バタンッ!!富豪は逃げるように二号室へ引っ込み、御丁寧にも内鍵まで掛けた。どうやら当分出て来ないつもりらしい。勿論、とっくにこちらも演技を止めて身体を離している。
「い、いきなり何て真似をしてくれたんです!?完璧にロリコンだと思われたじゃないですか!!」
「『彼氏とチュッチュしなくていいの?』って言って、旅の間中ずっと妄想を逞しくさせられるよりはまだマシでしょ?それとも実は」
「更なる誤解を招くような事を言わないで下さい!?」
私の口を手で塞ぎ、閉ざされたばかりのドアを窺う。
「それに本官だけならまだしも、イスラ様まで侮辱するのは赦せません!」
あ、短くしたんだ。まあいい加減呼び辛いしね。
「セミアさんからも何か言って下さい!」
「駄目だってくーちゃん。藪から棒に人の性癖をからかっちゃ可哀相だよ」
「だから違いますってば!!」
出入口の大騒ぎに、一号室のもう片方の賓客が遅ればせながら顔を出す。
キィッ。「ラント、さっきから誰と話して―――く、クランベリー!?セミアも、何故こんな所にまで!!?」
両翼を術で隠した保護者は、蒼い目を見開いて激しく動揺。直後、右耳に掌を押し当てて塞ぐ。
「あ、いえ、済みません。どうやら彼女達も乗車していたようです」
小刻みに首肯。
「―――え、ええ。大丈夫です。何も問題ありま」「逐次通信なんて過保護もいい所だよ、お兄ちゃん。見張ってる時間があるなら真面目に仕事しなさい」「わっ!?」
引っ張られた耳を押さえ、いきなり交信に割り込まないで下さい!四天使は叫んだ。
「え?い、今、誰と話していたんですか?」
一人だけ正体を知らないKKが問う。
「イスラは連合政府の開発した、最新鋭の通信機器を耳の中に付けてるの。補聴器より小さいから、傍目には全然分からないでしょ?」
流石我が義妹。尤もらしい嘘でフォローしてくれた。
「へえ、最近は凄い物があるんですね」
「ところでクランベリー、彼は?」
「地元学生で鉄道部で一般人のKK」
「そんな身も蓋も無い紹介」
くすくすした後、カメラを手に記者は早速本題に入る。
「会って早々迷惑掛けちゃったけど、二人だったら頼むのも気安いかな。私は幻灯社のルポ、KKは部誌を書くために噂のロイヤルスイートを取材したいの。少しの間だけ入れてくれない?」
「ああ、別に構いませんよ。もう隣人も二度と来ないでしょうしね、誰かさんのお陰で」
楽しい旅の、しかも初日で何もそう睨まなくても。
キィッ。「取り敢えず立ち話も何ですから、全員室内へどうぞ。ラント、わざわざありがとうございます」「いえ、当然の事をしたまでですから」
謙遜された保護者はコップを受け取り、快く私達を招き入れた。




