第6話 折り目の暗号
手帳の三枚の葉には、余白へ薄紙が貼り込まれていた。
一枚ずつ透かすと、欠けた線と、文字にならない短い画が見える。
私はまず、貼られたままの状態を検分簿へ写した。次に、製本を傷めないよう薄紙の端だけを持ち上げる。
「折った角が、重ねる位置を示しています」
四十二頁の薄紙に、四十四頁、四十六頁の順に重ねる。
欠けた線がつながり、坑道の略図が現れた。
『第三演習場地下・旧王立鉱山七号倉庫』
『風の月九日 午前二時 十二箱』
レナート卿が、壁の時計を見た。
日付は変わったばかりだった。
「あと二時間か」
「カイル卿が調べた予定が変わっていなければ」
略図の上には、太い主坑道と細い点検通路が描かれている。
主坑道は北の荷馬車道へ、点検通路は崖上の演習場へつながっていた。
外套の鉱滓は、この場所を訪れた痕跡かもしれない。少なくとも、手帳の記述とは食い違わなかった。
「憲兵隊へ伝える」
レナート卿はすぐに連絡役を呼び、解読した場所と時刻を渡した。
連絡役が持つ封印通信板なら、中央門の当直士官へ短い文面を直接送れる。
返事を待つ間に、私は略図を二枚写した。
十分ほどして届いた返答は、応援を編成する、というものだった。
ただし、監察部に出動が漏れないよう独立した隊員を集めるため、出発まで時間がかかる。演習場の北口で、午前二時十五分の合流を指定された。
「取引の開始より後です」
「我々が先行して、出入口を見張ろう。荷が動いたら、方向を知らせる」
彼は略図を見ながら言った。
「私兵は四人をつける。二人は北口で連絡、二人は外の見張りだ。大人数で表道を通れば、今度は相手に気づかれる」
私は頷いた。
ここで待つ方が身体には安全だ。けれど、箱を見つけたとき、槍が本物か、番号が改められていないかを見分ける者も要る。
「現物の確認は私がします。ただ、押収は憲兵隊が来てからにしましょう」
「同意する。中に多数いるなら入らない。退路が怪しくなったら戻る」
彼はそこで、包帯を巻いた私の手へ目を落とした。
「その手で、行けるか」
「記録と検分なら。錠の扱いには、手を貸していただくかもしれません」
「分かった」
黒い外套を受け取った。
私には大きすぎると見ると、彼は腰紐の位置を示した。
「裾を踏まないよう、ここで留められる」
「よくご存じですね」
「新兵の頃、階段で転んだ」
意外で、顔を上げてしまった。
彼がわずかに口元を緩めた。
「カイルに三年ほど言われ続けた。絶対に忘れん」
笑ったあと、二人とも少し黙った。
その沈黙を壊さないまま、私は紐を結んだ。
***
午前一時半。
第三演習場の北、古い荷馬車道には、霧が低く溜まっていた。
林に馬を繋ぎ、護衛と合図を確認してから、レナート卿と私は斜面へ伏せた。
坑道の前に、無灯火の荷馬車が一台。
見張りは二人。少し離れた交代用の小屋にも灯りがある。
「予定より早いな」
荷台へ、最初の木箱が載せられた。
レナート卿は護衛の一人へ、すぐ憲兵隊に搬出開始を知らせるよう命じた。
戻る護衛の足音が消えるのを待ち、私たちは荷馬車の陰へ回り込んだ。
箱の角に、工廠の青い封印がある。
廃棄品なら砕かれているはずの封印だ。
「中を、一箱だけ確かめます」
私の言葉に、レナート卿は坑道口を見た。
運搬人たちは次の箱を取りに戻っている。彼が側板を支え、私は道具で封印の型を取り、番号を記した。
掛け金は輸送用の簡単なものだった。
蓋を少し上げる。
緩衝材の中に、白銀の槍が並んでいた。
「十本。改弐型です」
見える範囲の製造番号を書き留める。控えと照合した三本は、帳簿で廃棄済みになっているものと一致した。
残る七本を調べるには持ち上げなければならない。
今は、そこまでしない。
私は蓋を戻した。
「新品が、記録と違う場所へ運ばれている。まずはそれが確認できました」
「外へ戻ろう」
レナート卿が頷いた、そのときだった。
坑道の奥で短い笛が鳴った。
後ろから別の笛が応える。
小屋にいた見張りが、こちらへ向かって走ってくる。林の方角では、残した護衛の警告の笛が響いた。
道が塞がれる。
「中へ!」
レナート卿が私を荷馬車の陰から引き出した。
地上で挟まれるより、略図の点検通路へ抜ける方が近い。私たちは開いていた鉄扉から坑道へ走り込んだ。
間もなく、七号倉庫の広い空間へ出る。
積まれた木箱の向こうにも、兵がいた。
松明が次々に掲げられた。
主坑道へ引き返す道に人影が重なる。手元の灯りで読み違える余地もなく、私たちは捕捉されていた。
「私の倉庫に、何の用だ」
低い声が奥からした。
黒狐の毛皮を襟に巻いた男が、机の前に立っている。
近衛監察長官、バルツァー伯爵。
机には運送伝票と、半分ほど畳まれた印章袋があった。
納品に立ち会っていたらしい男は、私の鞄を見ると目を細めた。
「なるほど。その娘が見つけたのか。机に何もないなどと、ゴドウィンめ」
レナート卿の腕に力が入った。
私は鞄を握り直した。
確かめるために来た場所で、今度はこちらが、黙らせるべき相手として見つかってしまった。




