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お前のような冷血女に彼の遺品は触らせない  作者: 秋月 もみじ


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第4話 夜の執務室の侵入者

 扉が内側へ倒れ、床を削った。

 黒い革鎧の男が五人。胸に所属章はなく、口元を布で覆っている。


「剣を捨てろ」


 レナート卿の警告が終わる前に、先頭の男が斬りかかった。

 金属が擦れ、火花が飛ぶ。

 レナート卿は相手の刃を外へ流し、手首を打って剣を落とさせた。肩を押し込んで、後ろの男へぶつける。

 倒れかかった二人で、入り口が詰まった。


「エルマ、右へ!」


 私は鞄を抱えたまま脇机の陰へ移った。

 その瞬間、もう一人が椅子を蹴って回り込み、私の逃げ道へ短剣を突き出した。


 胸元で、刃が光る。

 私は考えるより先に、鞄の補強された側面を前へ出した。


 重い衝撃が掌を貫いた。

 真鍮の縁が刃を受け止める。留め具に指が擦れ、熱い痛みが走った。


「離して!」


 声を出しながら、私は外ポケットの発光札を抜いた。

 崩落現場で居場所を知らせるための、一度きりの信号具だ。

 顔を背けて封を破り、机の向こうへ放る。


 白い光に男の動きが止まった。

 それでも短剣は下がらない。

 私は鞄を押し返し、椅子を蹴り出して間に挟んだ。


 次の瞬間、レナート卿の剣の柄が男の腕を打った。

 短剣が落ちる。彼は男を机へ伏せさせ、そのまま私を背後へ下がらせた。


「怪我をしたか」

「手を少し。動かせます」


 入り口に残った二人は、倒れた仲間を見て後ずさった。

 一人が廊下へ逃げ、もう一人が追おうとするレナート卿へ刃を向ける。

 彼は踏み込まず、出口を押さえたまま剣を構え直した。

 やがてその男も、背を向けて逃げた。


 追わない。

 手紙を読んだ直後の約束を、彼は守った。


 室内に残った三人を拘束し、隠し武器を外す。私たちだけで全員を運ぶことはできない。

 レナート卿は隣の資料室を確かめ、裏階段から中央門へ合図笛を吹いた。

 ややあって、違う調子の返笛が届く。


「中央門の憲兵だ。こちらの宿直とは指揮系統が別になっている」


 私はそこで初めて、胸に溜めた息を吐いた。


 駆けつけたのは、憲兵隊の当直士官と四人の兵だった。

 レナート卿は職章を示したが、士官が最初に尋ねたのは肩書ではなく、何が起きたかだった。

 私は検分簿と委託書を開いて見せた。


「射撃と侵入を受けました。この三人の拘束と、執務室の保全をお願いします。回収品は、ここに記録してあります」


 士官は室内を見回し、窓の割れ方と倒れた扉を確認した。

 拘束された男の顔布を外した兵が、息を呑む。


「この者、特務執行隊の第二班にいた男です」

「在籍記録との照合を。今は、誰の命令か決めつけないでくれ」


 レナート卿の声に、士官は頷いた。


「承知しました。ここは我々が封鎖します。取り調べは隊本部で」


 残った遺品を一覧にし、部屋の保全を引き継ぐ。

 持ち出す品は士官の前で数え直し、各袋に私と彼の封印を施した。ここへ戻るまでに何が失われ、何が変わったか、分かるようにしておくためだ。


 士官が去り際、言葉を選ぶように私へ顔を向けた。


「ベルリッツ整理官。先ほど、廊下であなたへの罵声を聞いた者がいます。公務を妨げられていたのであれば、それも記録しますが」


 私が答えるより先に、レナート卿が口を開いた。


「俺だ。検分簿にも記した。彼女に落ち度はない」


 私を見ず、士官の目をまっすぐ見ていた。


「弁明は後で聞こう。今は負傷の確認を」


 士官がそう返すと、レナート卿は黙って頷いた。

 公爵家の当主に命じられても、仕事の順序を変えない人らしかった。

 私は少しだけ肩の力を抜いた。


 ***


 憲兵隊の詰所で簡単な手当てと事情聴取を受けた頃には、夜も更けていた。

 帳簿の写しをさらに写し、公的な告発文とともに当直士官へ預ける。原資料は翌朝、担当鑑定官へ引き渡す手順になった。

 もし私たちに何かあっても、ここまでの調査は残る。


「事故の際に回収された馬具と蹄鉄も、廃棄せず残していただけますか。報告書と、現物を照合したいのです」


 士官は依頼を書き留め、担当の獣医官へ保全要請を出すと約束した。


「今夜は、どちらへ」


 士官に尋ねられ、私はいつもの下宿を思い浮かべた。

 同じ階には、仕立て屋の娘と老いた筆耕師が住んでいる。

 住所は勤務台帳に載っていた。


「戻らない方がいいでしょうね」

「公爵家の本邸なら護衛がいる」


 レナート卿が言った。


「客室と作業室を用意できる。もちろん、憲兵隊の宿舎を選んでもいい」


 差し出された選択肢を、私は少し意外に思った。

 有無を言わさず連れていかれるのだと、身構えていたらしい。


「資料を広げられる場所が必要です。ご迷惑でなければ、お屋敷へ」

「迷惑じゃない」


 返事が早くて、私は瞬きをした。

 彼は視線をずらし、士官へ向き直る。


「本邸にも連絡役を置いてほしい。俺の屋敷だから安全だと、思い込むつもりはない」


 詰所を出ると、冷えた風が吹いていた。

 階段の端に足を下ろした瞬間、膝が小さく揺れる。

 レナート卿が手を出し、私の肘に触れる前で止めた。


「支えても?」


 聞かれて初めて、疲れていると認められた気がした。


「……お願いします」


 大きな手が、服の上からそっと肘を支えた。

 その力を借りて、馬車の踏み台へ足をかける。


 乗り込んでから、私は向かいに座った彼を見た。


「さっき、追わずにいてくださって、ありがとうございます」

「約束したからな」


 彼はそれだけ言い、窓の外へ目を向けた。

 私は鞄の上で、痛む掌をゆっくり開いた。


 恐ろしい夜だった。

 それでも、助けてほしいと言えたことだけは、この夜から持って帰れそうだった。


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