第11話 式典での検分断罪
大聖堂の扉は、侍従の手で静かに開かれた。
並んだ近衛の儀仗兵の間を、私は目録を抱えて歩く。
遺族席に、カイルの母がいた。顔を上げた彼女へ一礼すると、小さく頷きが返った。
祭壇の手前には、法務尚書と憲兵隊の士官。
そして、武器も指揮杖も預けたバルツァー伯爵が立っていた。
昨夜、坑道で見た毛皮の外套はない。それでも、こちらを見下ろす目つきは同じだった。
「陛下。このような場に、あの娘の作り話を持ち込むべきではありません」
伯爵の声が響いた。
国王は短く答えた。
「説明の機会は双方に与える。順序を守れ」
私に目が向けられる。
「ベルリッツ整理官。報告を」
私は進み出た。
無数の目がこちらを向いている。冷たいと呼ばれても、視線を浴びることに慣れたわけではなかった。
息を一つ整え、最初の頁を開く。
「カイル・クロイツァー卿の遺留品検分について、ご報告いたします」
法務尚書の書記が、確認済みの資料を投影板へ映した。
事故調査から新たな嫌疑が生じた経緯を、順に説明する。
二重底に残された帳簿の写し。引き出しに後から仕掛けられた焼却筒。検分中の襲撃。
「故人は、机に危険な仕掛けをしていないと書き残しています。入退室簿では、死亡後に部屋へ入った調査担当者はゴドウィン査察官でした」
憲兵隊の士官が補足した。
「拘束した襲撃者のうち二名が、同査察官から指示を受けたと供述しています。焼却筒も、同人が受領した支給品の番号と一致しました。現在、本人を確保し、関連資料を押収しています」
「部下の不始末まで、私の責任にするのか」
バルツァーが言った。
「監察部の一員であるだけで、有罪にされてはたまらぬ」
「そのとおりです」
私は答えた。
伯爵がわずかに顎を上げる。
「ですから、次に、伯爵ご自身の決裁について申し上げます」
書記が、兵站局の廃棄伝票と倉庫の運送控えを並べた。
「帳簿の写しをもとに照合した結果、半年間で百二十本の新品の魔導槍が廃棄扱いにされていました。今朝、地上の荷馬車と七号倉庫から、計十二箱、各十本の槍が押収されています」
私は憲兵隊の検品記録を示した。
「全数の製造番号は工廠と憲兵隊が照合済みです。廃棄されたはずの百二十本が、損傷のない状態で残っていました」
「不良品を移していただけだ。再検査に回すために――」
「その指示書はありますか」
法務尚書が尋ねた。
伯爵は返事をしなかった。
「廃棄伝票には完了の決裁があり、運送控えの宛先は工廠ではなく民間商会です。搬出許可の原本には、あなたの職印と自署がある。印だけでなく、決裁簿にも記録が残っている」
伯爵が唇を噛んだ。
「商会の依頼人については、押収した書簡と既存の国境捜査記録を照会中です。国外勢力への売却を含め、正式な審理で明らかにします」
まだ確かめていないことまで、その場の勢いで断言する人はいなかった。
その慎重さを、伯爵は逃げ道だと思ったらしい。
「ならば、ただの事務処理の食い違いだろう。あの娘が婚約者を失って取り乱し、私に罪を被せているだけだ」
レナート卿が一歩進んだ。
私は彼の左腕を見る。
剣には触れない。彼は国王へ一礼し、発言を求めた。
「私は現場にいました。バルツァー伯爵は、ベルリッツ整理官と資料を引き渡せば、私の行動を不問にすると持ちかけました。そして、我々を捕らえるよう武装兵へ命じた」
「お前まで、その女に――」
「証言への反論を願います。彼女への侮辱は、反論になりません」
伯爵の声が詰まった。
レナート卿は続けた。
「私も昨日、彼女が涙を見せないという理由で侮辱し、検分を妨げました。その事実は憲兵隊に申告しています。私の行為を見聞きした方には、彼女に非があったわけではないと、ここで訂正します」
ざわめきが低く広がった。
私は目録を持つ手を、少しだけ緩めた。
二人きりの謝罪を、他人のいる場所で取り消さない人だった。
次に、獣医官と工廠鑑定官が進み出た。
投影板に、蹄鉄内部の拘束針が映る。
「事故の報告には記されていなかった細工です。正規の整備方法とは異なり、落馬を誘発し得ます」
鑑定官が説明している途中、親衛隊の使いが法務尚書へ封筒を渡した。
今朝発令された捜索の結果だった。
尚書が封印を確認し、記録を読んだ。
「監察長官室の施錠金庫から、拘束針と対になる送信器を押収した。工廠の登録台帳と照合し、受信符の一致を確認。現物は封印の上、別室へ搬入済みだ」
伯爵の顔から色が抜けた。
「あれは、演習の安全確認のために……」
「安全確認用の器具を、なぜ馬の蹄鉄に隠す必要があったのでしょう」
私が尋ねると、彼は口を閉じた。
それ以上の答えは、ここでは出なかった。
国王が立ち上がった。
「バルツァー。近衛監察長官の任を解く。武器の不正搬出、証拠隠滅及び殺人への関与の嫌疑で拘束し、法務院の審理に付す」
親衛隊が伯爵の両側についた。
彼は何か叫びかけたが、法務尚書が、今後の弁明は記録のある場で受けると告げた。
誰も彼の命令では動かなかった。
手首に拘束具がかかる。
近衛の調査を支配していた男が、今度は調べられる側として、聖堂を出ていった。
私はその背中を見送った。
終わったのは、彼が証拠を握り潰せる時間だ。
カイルの死を明らかにする仕事は、これからも続く。
***
式典が再開され、カイルの名が呼ばれた。
母親が祭壇の前へ進み、国王から白金星章を受け取る。
本来の受章者を変えず、その功績が読み上げられた。
拍手が起こった。
私は遺族席の脇で、それを聞いた。
叙勲を終えたカイルの母は、私の前で足を止めた。
「ありがとう、エルマさん。あの子のものを、守ってくれて」
私は頭を下げた。
「お返しするまで、お預かりしているものがございます。調査のため、しばらくお時間をいただきますが」
「ええ。待っています」
彼女はそう言って、私の手に自分の手を重ねた。
「あなたも、一人で待たないでね」
返事がすぐには出なかった。
私はただ、もう一度、深く頭を下げた。
夕刻、王宮の小さな中庭で、レナート卿が馬車を待っていた。
白い花びらが石畳へ散っている。
「今日は、少し眠れるといいな」
「あなたもです。医官に叱られます」
彼は肩の吊り布へ目を落とし、頷いた。
私は別れの礼をしかけて、やめた。
「……明日」
「うん?」
「様子を知らせる手紙を出しても、よいですか」
彼が顔を上げた。
「待っている」
まっすぐな返事だった。
その一言を持って、私は馬車へ乗った。
帰ったら誰かに書きたいことがある。
それは、明日が来るのを少し待ち遠しくする理由になった。




