第10話 完璧な遺品目録
憲兵隊に付き添われて王宮へ戻ると、法務尚書の執務棟に部屋が用意されていた。
ここで証拠を引き継ぎ、朝のうちに国王へ報告するという。
私とレナート卿は別々に事情を聴かれた。
話を合わせるための時間は設けられない。私は自分が見たことと、彼から聞いたことを分けて答えた。
夜通し一緒にいた相手と壁一枚を隔てただけなのに、妙に心細かった。
その感情も、証言には混ぜなかった。
やがて、保管庫から事故資料が運び込まれた。
鞍、切れた手綱、破損した蹄鉄。回収場所と時刻を記した札が、それぞれに結ばれている。
獣医官が立ち会い、もう一人の遺品整理官が封印を確認した。
「本来は廃棄予定でしたが、昨夜の保全要請で止めました」
獣医官が差し出した処分票には、ゴドウィン査察官の署名があった。
事故報告を完成させる前の日付で、すべて処分するよう指示されている。
「通常も、この早さですか」
「いいえ。死者が出た演習の資料は、調査が終わるまで保存します」
私は返事を記録した。
急いで捨てようとしたこと自体は、誰が殺したかを示さない。けれど、調べるべき理由にはなる。
蹄鉄を拡大灯の下へ置く。
割れた接合部の奥に、細い金属片が見えた。
装蹄釘とは向きも太さも違う。馬の蹄へ打ち込むためではなく、蹄鉄の内部へ収められていたものだった。
「ここを、工廠の方に見ていただけますか」
呼ばれた鑑定官が、魔力検知器を近づけた。
針が振れる。
小さな部品を周囲の金属ごと外すと、表面に製造番号と受信符が刻まれていた。
「馬の脚を一時的に動かなくする拘束針です。暴れた軍馬を止める器具ですが、このように隠して装着するものではありません」
鑑定官は、正規の装具との違いを図にした。
針と対になる送信器が必要で、別の符を持つ送信器では作動しないという。
「送信器は再使用するため、貸出先に月末の現物点検を義務づけています。針だけは使用後に交換します」
小さな針を処分しても、大きな器具と貸出記録は残る。
何を追って調べるべきかが、ようやく見えた。
「この針が転落時に使われたか、誰が作動させたかは、これだけでは断定できません。ただ、通常の落馬として調査を終えることはできない」
私は頷いた。
その正確な言い方が、ありがたかった。
工廠の貸出記録を照会すると、該当番号は演習前日、監察部の特別整備名目でゴドウィンへ渡されていた。
返却済みとされた欄には、現物確認者の印がない。
法務尚書は報告を聞き、その場で側近へ命じた。
「監察長官室と査察官室の捜索許可を、陛下へ求める。本人たちを資料に近づけるな」
紙の写しから始まった調査が、私たちの手を離れ、別の人の仕事へつながっていく。
それでよかった。
二人きりで完璧な答えを持っていなければ、何も変えられないわけではなかった。
***
午前十時過ぎ。
確認を終えたレナート卿が、私のいる作業室へ入ってきた。
左腕は吊ったまま。肩へ負担をかけないよう、上着をゆるく羽織っている。
「どうだった」
「再調査が必要な細工が見つかりました。あなたの方は」
「兵站局の原本を押さえた。廃棄伝票と、倉庫から出た運送控えがつながった」
彼が説明したのは、憲兵隊から開示を許された範囲だった。
百二十本を廃棄扱いにした決裁には、バルツァーの署名と職印がある。対応する運送控えには、同じ製造番号の武器を商会へ渡す指示があった。
搬出の経緯については、拘束した運搬人たちが個別に証言を始めているという。
「長官は」
「王宮の別室へ出頭を命じられた。指揮権は一時停止。自分の命令で兵を動かせる状態ではなくなった」
私は椅子へ深く腰を下ろした。
昨夜のあの声が、ようやく少し遠のいた気がした。
「正午の式典で、検分結果を説明してほしいそうだ」
レナート卿が続ける。
「予定されていた軍功叙勲式を短縮して、冒頭に今回の報告を置く。長官が出した襲撃事件の発表を、関係する騎士たちの前で訂正するためだ」
カイルの白金星章は、生前すでに授与が決まっていた。
国境の村から住民を退避させた功績によるものだ。本来なら、今日の式典で本人の胸に留められるはずだった。
その席に、本人だけがいない。
「クロイツァー家のお母様は」
「遺族席に来られる。授与は予定どおり、ご本人に代わってお受けになるそうだ」
私は検分簿の最後の頁へ目を落とした。
そこには、裁判用の証拠とは別に、遺族へ返す物の一覧がある。
巡察用の外套。筆記具。蔵書。手紙。指輪。
「目録を仕上げます」
最後まで、間違えたくなかった。
回収した場所、時刻、立会人、封印番号。
検査のために開封した物には、開封した者と理由を追記する。
帳簿には「カイル卿作成の写し」、兵站局から押収した伝票には「原本」と明記した。
現物を確かめたこと、照会待ちのこと、分からないこと。
その境目を残して、綴じた。
「完璧か?」
レナート卿が、からかうようではなく尋ねた。
「少なくとも、誰が何を確かめたかは、後から追えます」
私は目録を閉じた。
「分からないことを隠していない目録なら、続きを調べる人が困りません。今の私にできるのは、そこまでです」
「十分、信じられる仕事だ」
彼がそう言ったので、張っていた肩から少し力が抜けた。
***
王宮へ来る前に頼んでいた礼装が、家令から届けられた。
黒い詰襟の長衣に、袖口だけ銀糸の刺繍。遺品整理官が正式な検分報告を行うときの服だ。
隣室で着替え、髪をまとめて戻ると、レナート卿が立ち上がった。
「……よく似合う」
それだけ言って、彼は口を閉じた。
続きがありそうだったので、私は待った。
「何でしょう」
「綺麗だと思った。だが、今言っていいものか迷った」
顔が熱くなった。
私は襟元へ手をやり、触る必要のない留め具を確かめた。
「困ります。今、顔を落ち着けたいところなのに」
「すまない」
すぐ謝るものだから、こちらまで笑ってしまう。
「嫌だったとは、言っていません」
今度は彼が黙った。
その耳が、少し赤くなる。
私は白手袋をはめ直し、彼の左肩を見た。
「今日は剣を抜かないでください」
「護衛は親衛隊が務める。俺は証言だけだ」
「約束です」
「ああ」
右手が差し出された。
私は自分から手を重ねた。
この手を頼りにすることと、自分の足で立つことは、両方できる。
彼の隣で聖堂へ向かいながら、初めてそう思えた。




