第九話 世界を救わされる男
俺の名前はK、二十五歳。
スクリーンの中では、超大作アクション映画のヒーローが、爆風を背に浴びながらヒロインを抱き寄せ、銃をぶっ放していた。観客席のあちこちから、息を呑む気配が聞こえる。
映画の主人公には、ドラマがある。見せ場がある。命をかける価値のある運命がある。 それに比べて、俺の人生はどうだ。毎日同じ時間に満員電車に揺られ、上司の顔色を伺い、誰の記憶にも残らないまま死んでいく。俺の人生は、この映画の背景に映っている、名前すらないその他大勢と何ら変わりない。
「モブなんて嫌だ。主人公になりてえ」
俺はため息をつき、横のポップコーンに手を伸ばした。しかし、ポップコーンは食べてもいないのに一粒残らず消えている。
「あれ……?」
いつの間にか、隣の席に、見知らぬ妙な男が座っていた。 男は暗闇の中で、俺のポップコーンを手のひらの上に全部乗せ、そこから直接犬食いしている。
「……おい。それ、俺のポップコーンだろ!」
男はゴクンと音を立てて飲み込むと、スクリーンを見つめたまま、手元にある奇妙な計器をチェックした。
「あなたの性質が善か悪かなんてどうでもいいんです。ただ、あなたが不満を持っているのは、このメーターが示している。」
「……は? 誰だよお前、上映中だぞ」
「なので、その不満を解消するため、あなたが輝ける世界にご案内いたします!」
「おい、ふざけ──」
言葉が遮られ、劇場のスクリーンの光が、視界全体を真っ白に染め上げた。
───
気がつくと、俺は見知らぬ街の雑踏に立っていた。
突然、俺のすぐ後ろで爆発が起き、爆風と熱さが俺を襲う中、隣にいた女性を抱き寄せ、身を挺してかばった。
すぐ近くの銀行からまた爆音が響き、武装したテロリストたちが飛び出してきた。 悲鳴を上げて逃げ惑う群衆。その中で、俺だけがなぜか冷静だった。 俺は落ちていた銃を拾うと、狙いも定めずに引き金を引いた。弾丸は吸い込まれるようにテロリストに命中し、全滅した。腕に抱いたままの女性が、潤んだ瞳で俺を見つめている。
「これだよこれ!こういう展開がいいんだよ!」
俺は確信した。俺はついに、世界の中心──「主人公」になったのだ。 その後も、俺の行く先々でドラマチックな事件が次々と舞い込んできた。謎の巨大組織の陰謀、市街地でのカーチェイス、大統領の暗殺計画。そのすべてを、俺は完璧なタイミングと驚異的な幸運で解決していった。 世界中の人々が俺の名前を叫び、カメラのフラッシュが俺のすべてを追いかける。俺の登場に合わせて「Kのテーマ」なんてのもどこからともなく演奏されるようになった。
俺は人生の絶頂にいた。
───
しかし、ストーリーは急展開でクライマックスへ突き進む。
ある日、地球を破壊するほどの巨大な小惑星が、まっすぐ地球に向かって迫っていることが発覚した。世界中の政府や研究機関が手を尽くしたが、軌道を変えることはできない。
地球滅亡まで、映画の定番通り、残された時間はあと数時間。 人類に残された唯一の希望は、核兵器を搭載した有人ロケットで小惑星に直接突入し、内側から爆破することだけだった。
ロケット発射台に連行される俺。そして、その様子は全世界に中継され、世界中の人々が、涙を流しながら俺の顔を見つめていた。
「Kしかいない!」
「あなたなら、世界を救えるわ!」
「頼んだぞ、人類のヒーロー!」
「K! K! K! K! K! K!」
国境を越えた何十億もの「モブ」たちが、俺をロケットの操縦席へと押し上げていく。
「……待ってくれ。特攻するってことは、俺は死ぬのか?」
誰も俺の言葉を聞いていない。
オーケストラが勇壮な「Kのテーマ」を奏で、スタジアムのビジョンにはこれまでの俺の華々しい活躍が映し出される。世界中が俺に運命を預け、熱気が全世界をひとつにする。
「嫌だ!俺は主人公なんかじゃなくていい! 誰にも気づかれずに生きてるだけの、ただのモブでいいから生き残らせてくれ!!」
俺の周りのモブたちは、「何を今さら」と言わんばかりの表情で俺を見る。
「嫌だ、嫌だ!! 離せ! 死にたくない!!」
───
管理者は、意外な反応をする実験体に少しだけ眉を顰める。
「あれれ?自分で望んだのに、最後はモブに戻るんだ?」
管理者はメモに書き留めた。
「映画の主人公の人生になる世界 失敗」
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