第四話 お渡しされる男
俺の名前はN、四十八歳。ここからの人生に逆転はなく、ただ生きるだけなのか不安になる。
俺の人生に圧倒的に足りない物。
それは「金」だ。
借金の督促状、家賃、電気・ガス・水道料金、社会保険料…くそくらえ
襟の伸びたシャツに穴の開いた靴下で深夜のカップ麺をすする。俺の人生が惨めなのは、すべて俺に金がないせいだ。金さえあれば、なんだってできる。
「なぜ俺には金がない。金を持ってるだけの無能なクズどもが、のうのうと贅沢してんじゃねえよ」
つい口から出た独り言の意外な大きさに自分自身が驚いていたら、ボロアパートの玄関に立っているそいつと目が合った。
「こんばんは。私は管理者です」
”管理者”は、極彩色のフーセンガムを噛んでいた。
フー、フー、パチン
派手な音を立ててガムが弾けた。
”管理者”の顔、鼻の頭、さらには前髪のあちこちに、粘着質のガムの欠片が貼りついている。だが、そいつは気にする様子もなく、また新しいガムを口に放り込んだ。
「……おい、お前。あちこちにガムがはりついてるぞ」
”管理者”はガムを噛みながら、手元の奇妙な計器をチェックした。
「あなたの性質が善か悪かなんてどうでもいいんです。ただ、あなたが不満を持っているのはこのメーターが示している。なので、その不満を解消するため、あなたがお金に困らない世界にご案内いたします!」
視界が白に染まった。
───
気がつくと、俺はコンビニの前にいた。
カップ麺の塩分で喉が渇いていたことに気づき、コンビニでコーラを買おうとした。
レジで二百円を出すと、店員はそれを押し戻し、逆に二百円を俺に渡してきたのだ。
「お買い上げありがとうございます。二百円の”お渡し”になります」
「は……?」
俺は狂喜した。買えば買うほど、俺の財布には金が増えていく。 牛丼を食べれば五百円増え、高級時計を買えば百万円が増える。俺はついに「金持ち」になった。無能なクズどもだけに甘い汁を吸わせてやるものか!
だが、一週間が過ぎた頃、俺は異変に気づいた。 アパートの部屋が、物理的に狭い。床が見えない。 一万円札を「支払う(受け取る)」たびに増えていく紙幣が、部屋を埋め尽くしていたのだ。
「……捨てればいいんだ、こんなゴミ」
俺は札束をゴミ袋に詰め、夜中の公園に捨てに行こうとした。
しかし、すぐに警察に見つかった。
「おい君、何をしている! 貴重な資産をこんなところに不法投棄するな!」
「不法投棄??つまり…この金は、ただ厄介なだけじゃねえか!」
俺はパニックになり、業者に「この金を全部持っていってくれ!」と頼んだ。
「承知いたしました。では、手数料として五百万円お渡しします」
皮肉にも、金を処分するための”お渡し”が、さらに五百万円の札束が俺の部屋を圧迫した。
逃げ場はなかった。増え続ける紙幣の山が、俺の体を壁に押し付ける。 俺が生きるために何かを消費するたびに、物理的な「金」という物質が、容赦なく俺の生存圏を奪っていく。 札束の重みでアパートの床が抜け、俺はその重圧の中で、息ができなくなった。
────
管理者は、いかにも実験に失敗した顔を作りながら、ポツリと漏らす。
「おかしいな…。お金がほしいって言うからお金が集まる世界に送ったのになぁ?」
管理者はメモに書き留めた
「お支払いがお渡しになる世界 失敗」




